正直言って、ボクってモテる。
見かけがジャニ系だし、小さい頃からハハオヤの知人達に可愛がられ
ていたし。大人と付き合うことも多かったから、同世代の連中より他人
との距離のとり方は上手な方だと思う。
だから、色々ケイケンしたのも早かった。女性ケイケンは中学1年の
とき。オトコは3年。同世代とはまったく付き合ったことがない。今か
ら思えば、可愛いペット扱いされてたのかもしれないけど、それはそれ
で楽だったし、たのしかったから別に不満もない。
そんなノリで中高時代を過ごして、自分の恋愛感に何の疑問も抱いて
なかったのに、今になって遅い初恋なんかしている。
それも、同い年のくせにオヤジくさい無口なオトコなんかに。
「壱岐! 今度の休みいつ?」
ボクは厨房の奴に声をかけた。
フライパン握って調理台に向かってる奴、「haunt」のシェフ壱岐武史
は、チラリとボクに視線を向けただけで無言。何の返事もよこさない。
いつもの事とはいえ、かなり、ムカついた。
この松浦綾都をここまで無視してくれるのは、このオトコくらいだろ
う。
「ね、今度の休み、どこかに行こうよ。ボクが休みを合わせてあげるか
ら」
壱岐が、自分からは好きな奴すら誘えない奥手だから、いつもこうし
てボクが譲歩して誘ってやってるのだ。
なのに、無視ってどういうこと?
「壱岐! 何とか言ったらどう? 次の休み、ボクと出かけるんだろ!」
まったく返事をしない壱岐に、ボクは奴の前に回りこんで睨み上げ
た。
無駄にでかい大男は、相変わらず表情ひとつ変えない。
いったい、こいつはどういう奴なんだろう。
ボクは内心、途方に暮れていた。
壱岐武史という奴は、本当によく分からない奴だ。
見た目は悪くない。ウドの大木、とボクは呼んでいるけど、身長は
190センチを越えてる。がっしりとしてるけど、でも、太っている感じ
じゃない。少しだけマッチョな雰囲気はあるけど、ムキムキって程じゃ
なくて、程よく筋肉が付いている感じだ。顔立ちも悪くない。それはボ
クが惚れるくらいなんだから、キリリとした男前だ。いかにも昔の日本
男児、真面目君ってかんじだけど。
そう、見た目は悪くないのだ。近寄りがたく感じる女もいるかもしれ
ないけど、ボクから見ればかなりカッコイイと思う。
ただ―――――とにかく、無口なのである。
必要最低限なことしか話さないし、およそ自分から話しかけることも
ない。楽しく人と談笑してる様子は見たこともなかった。
笑顔だって。
ボクは壱岐に笑いかけられたことすらない。
どうしてボクはこんな男が好きなんだろうか?
「どいてろ」
低く、壱岐が言った。
片手にフライパンを持ったまま、もう片方の手でボクを押しやる。
「何だよ、それ!」
やっと言った言葉が「どいてろ」!
この男、ありえない!
「このボクがわざわざ誘ってあげてるっていうのに、どいてろってな
に!?」
ボクはここが職場だってことも忘れて怒鳴ってしまった。
怒鳴るなんてカッコ悪いのに、壱岐といると全然スマートな自分でい
られない。
それでも一応、厨房だったら少しくらい騒いでもフロアには聞こえな
いだろうって、冷静な自分が計算してた。
「壱岐、何とか言ったらどう? この朴念仁!」
自分でもヒステリーを起こした女みたいだって分かるのに、文句を言
うのをやめられない。そんな自分がイヤなのに、思ったとおりに振舞え
なくなる。
「あやや、なにおこってんの?」
いきなり、のほほんとしたのんきな声が背後からかかった。
ボクはハッとして、振り向いた。そこには昼シフトのはずの藤本がい
る。
高校を中退して、歌手を目指していると夢みたいな事を平気で言って
る藤本は、見た目は確かにちょっとイケてる感じのジャニ系だ。不本意
ながら、ボクと少し似てるとこがある。
気位の高いお嬢様と、オオボケ目だぬきと言ったのは、ホストみたい
な外見の同僚、三宅高志だ。
高志とボクは夜のシフトだが、藤本は昼のシフトで入っているはずで
ある。どうしてここにいるのだろうといぶかしげな視線を向けるが、藤
本はへらへら笑うばかりで無言の問いかけには気づいていないようだっ
た。
「タケちゃん、あややがそこにいたらヤケドしちゃいそうであぶないか
らどいたほうがいいよって、言ってるんだよ。あややのキレイなかおに
ヤケドなんかやーだもんね」
そうだよね、と藤本は能天気な顔で笑って壱岐に同意を求める。
ボクは、何で藤本はいつも壱岐の言いたいことを翻訳できるんだとム
カつきながらも、さっきの「どいてろ」はそういう意味だったのかと壱
岐を見た。
「………、まあ」
そうだな、と壱岐が同意すると、たったそれだけのことでボクは気分
が浮上した。
「やっぱりね! タケちゃん、あややのかお、ちょーすきだもんね!」
藤本が笑いながら言って、あ、そうだった、とついでのようにオーダ
ーを口にする。そしてそのまま上がった料理をトレーに乗せフロアに出
ようとして、ふと思い出したように振り返った。
「タケちゃんのつぎのおやすみはねー、あさってだよ。次のていきゅう
びとあわせて二れんきゅうー!」
じゃね、と笑いながら藤本はフロアに出て行った。
相変わらずのバカっぽい口調に訳もなくムカつきながら、でも口にし
た情報に気が利くじゃないかと壱岐を見る。
黙々と調理している後姿はやっぱりカッコいい。
本当、壱岐は一見すごくカッコいいのだ。
…ボク、それに騙されてる?
寡黙で真面目で、古きよき日本男児って感じがする。ボクも、そうい
うところ、スゴクいいとは思う。
でも、ここまでこっちのコトをスルーされると、ただの朴念仁じゃな
いかって思うのだ。
「壱岐、明後日お休みなんだ?」
ボクは今度は、調理の邪魔にならにような位置から声をかけた。
「じゃ、藤本にでもヘルプに入ってもらって、ボクも休んであげるから、
どこに行く?」
断られるわけがない、って感じの口調で言ったけど、本当は壱岐が何
て言うか分からずに、ドキドキしていた。
誰かの事をこんなに必死で誘ったのって、今までなかったと思う。
やっぱりボク、本当に惚れてんだなって実感した。
「……ドライブするか?」
ぼそりと壱岐が言った。
「え?」
「車、借りた」
「借りたって…」
言われて、そういえばと思い出す。
今日出勤してきた時、壱岐は高志となにやら話していた。普段寡黙な
壱岐がおしゃべりでお調子者の高志と、いったいどんなことを話してい
るんだろうと思ったのだけど。
「高志に借りたの…?」
その問いには返事が返らなかったけど、そうとしか考えられない。
と言う事はつまり、今日ボクが誘うよりも前から、次の休みはボクと
ドライブするつもりだったってことで。
「ふ、ふーん。壱岐にしては気が利いてるじゃない。ドライブ、行って
あげてもいいよ」
「そうか」
嬉しくもなんともなさそうな返事にはカチンときたけど、まあ今回は
見逃してやろう。
「じゃ、朝、ボクんちまで迎えにきてよね。待っててあげるから」
「ああ」
言葉少なに答える壱岐に満足して、にんまり笑った。たったこれだけ
のことでこんなに嬉しくなるなんてどうかしてる、って思うけど、ま、
いいや。
ボクは足取り軽くフロアに戻ると上機嫌で仕事に勤しんだ。
そんなボクの様子を壱岐が瞳で追って微笑んでいたなんて、気づきも
せずに。
――――そのうち絶対、壱岐から告白させてやるんだから!
END
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