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 (事情後/擦れ違い/バンドマン/感傷/夏/15禁)
白いからだ




白いからだ 





 真夏よりも夏で、地球がこのまま歪んでへこんでしまうのではないかと思う。
暑いとかいうそんな世界ではなくて、怖いくらいだ。痛々しい。
太陽が一体何の為に存在するのかを考えたときに、分からなくなるが、無くなったときの事を考えると分かる。
人間はご都合主義だから、自分を中心にしないと分からない。

 この世が全て黒くなった日には、今まで見えていたものが全て無くなるだろう。
電気のスイッチをやっと見つけたところで、その電球が切れれば取り替える術さえわからない。
電球が何処に売っているのかも分からない。そのときに一番最後まで儲かるのは、電気屋だろうか。

 背中や頭に凭れる様な陽射しを浴びて、永遠とそんなことを考える。

 家に着くと、小さな呻き声が聞こえてくる。
靴を脱いで、リビングへ入ると、妙に白い部屋の中で、白い体が横たわっていた。
反射する光に目を細めて、買ってきた牛乳とカフェ・オ・レをテーブルの上に置く。
食パンと卵はキッチンへと持っていった。
もう一度、小さな声が聞こえた。
悲しげな声だった。

「なお」

白い体はむくりと起き上がって、肩に掛かった金の髪がサラサラと体を撫でながら落ちていく。
首筋に浮くように、赤黒い細い痕跡が見えた。噛み付かれたのだろうか。
 俺はあの白い体を、数日、抱いていない。

 利は、少し泣いているようだった。
僅かに紫になり始めた唇を震わせて、ゆっくりと左手を腹へと持っていった。
寝そべっていた体を、ソファへ座らせると、利はそのまま腹に宛てた手を守るように前にうずくまっていった。
髪の分け目から覗いた項。その薄い皮は彼の脊髄を浮かび上がらせていた。
いつもより弱っている様子の利に、俺は買い物袋を一通り片付けてから、近づいた。
衣装のままだった。いつもの白い衣装だった。
ただ何もするわけでは無く、俺はうずくまる利の横に腰掛けた。
利は、小さく鼻を啜った。

「おなか、いたい。」

 小刻みに震える背中と、声が、我慢している事を知らせた。鼻声だった。
 利は泣いていた。

 丸まっている背中の上にある銀の留め具に手をかけて、その下の小さなファスナーを引き下ろしていく。
唸るような音を上げてファスナーは利の体を下りて行った。泣いている体は少し上ずった。

「やだよ……」

小さく拒否する言葉に、俺は何も返さなかった。彼が考えているようなことを、する気は無かったからだ。
下まで下ろしきると、動かない彼をそのままにして、横からコルセット(キャミソールなのかもしれない)を抜きとった。
利は抵抗をしなかった。代わりに、きついコルセットから解放されて、小さな吐息を漏らした。
上半身を曝け出された彼は、胸を膝につけて、ますますうずくまった。
俺は横から腕を彼の脇の下に差し入れると、そのままソファへと体を再び横たえさせた。

「やだよ、なお……」

言葉とは裏腹な、諦めた体。力は既に抜け切っていた。
右腕を顔の上にもってきて、利は二度、鼻を啜った。顔は見えない。
胸元へ視線を落とすと、そこには桜の花が散ったように、無数の口付けの跡があった。
時折、真赤な梅の花もあった。
 口付けの主は、乱暴だ。

「おなか、いたいよぉ……」

まるで子供のようだ。静かで、強烈な痛みが、断続的に利の腹を襲ってきているのだろう。
両腕に鳥肌が立っていた。
俺は利を横たえて、床に落ちていたシャツを取った。厚手のシャツで、紺のものだ。
それを利の体の上へとかけて、利の体の上を跨いで、腕を伸ばし、ソファの下についているレバーを引いた。
軋んだ音が少し聞こえて、ソファは人間が二人ほど寝れる大きさに変わった。
 利はその勢いで、小さく寝返りを打った。

 きつい太陽が、窓ガラスを割ろうとする。
 それに魅せられたように、眠気が襲う。

利の横に軽く寝そべって、テーブルに手を伸ばして煙草のケースを取った。
中から安い、透明の赤いライターを取り出して、ケースを叩く。
はみだした煙草を唇で抜き取って、ケースをテーブルへ投げ捨てる。
火を点すと、利が顔に腕を乗せたまま、眉間に皺を寄せたのが分かった。だがすぐに、また泣き顔に戻った。
利の腹へ片手を乗せて、ゆっくりと、上下に摩った。
俺の方へと向いている利は、静かに腕を下ろして、俺を静かに見詰めた。

「なお」

また、悲しい声だった。

 一度手を止めて、再び腹を摩る手を動かした。
背中に浴びてきた太陽とは裏腹に、利の体は、冷たかった。
撫で続ける腹も、冷たいままだった。

「カフェオレ、飲みたいな。牛乳を、一杯入れて」

利は目を閉じてそう言った。俺は首を振った。
その気配で利は目を薄く開いて、どうして、と上目に見てきた。

「酷くなる」

口を開いて、摩り続けた腹を軽く叩いた。

利は、少し身動きして、体を丸めて、再び目を閉じた。


 口に銜えていた煙草が短くなり、先が灰になっていく。
落ちるところで腕を伸ばし、灰皿に押し付ける。天井へ煙を吐いて、利を少し見る。

 利は、静かな寝息をたてていた。





 俺を世界の中心に考えたとき。

 利が死んだら、一番儲かるのは誰だろう。

 一番困るのは、誰だろう。








 テーブルの上に置かれた牛乳と、カフェ・オ・レの紙パックが、
飲んでくれる人が寝てしまったせいで、汗を流していた。








白いからだ END

「当サイト本編「悲愴」の日常の一コマ。悲劇は始まっているものの、ほんの少しの、切ない時間。」
...2004/9/27(月) [No.133]
惡露血
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