Fortune.1 不吉な星
香港名物の台風が直撃した8月某日、それはそれは蒸し暑い日のことでした。 日本語のエロ雑誌やグラビア誌を翻訳・出版している怪しい日系企業「YU-KI」代表、 柚木カズキは、雑誌の輸入代行を依頼した香港光明公司という名前からして信用できなさそうな 貿易会社に商品を引き取りに行ったのち、また別の仕事先へと向かっていました。
雨を降らせる役目を負った龍の神様が、香港人を嫌ってわざとやっているのではないかと疑いたくなるほどのいやらしい暴風雨の為か、 いつもは難聴になるほど騒がしい香港の街中はいたって静かで、 広東語の下品な笑い声も、どこぞのババアが愚痴る旦那の悪口も、今日に限って聞こえてはきませんでした。
柚木は中学の頃から香港と日本を行ったり来たりしており、日本語中国語広東語を使いこなせる上、 ある程度土地勘も優れていた自称青年実業家だったのです。 彼が鼻歌を歌いながらヤナセで購入した新車のベンツを走らせていると、 後部座席に座っていた細身の秘書、林計都がおそるおそる話し掛けてきました。
「ゆ、柚木社長・・・この台風では無理ですよ。引き返したほうが・・・・・・・・」 大粒の雨がまるで機関銃の弾丸のようにフロントガラスやウインドウに当たっているさまを見て 怖くなってきたのでしょう。彼は上司が信号待ちでブレーキを踏むたびにそう進言しました。
「帰りたいのはやまやまだが、仕事というものはそういうわけにはいかないものでね。 依頼された分はきちんと片付けないと、信用問題だからね!」
柚木がどことなく嬉しそうに説明している間にも、水蒸気をたっぷりと含んだ灰色の雲はさらに勢いを増し、風雨はどんどん強くなっていくばかりです。 正直言って、車ごと横転してリンゴのように転がってしまいそうな勢いでした。
「でっ、でも・・・もしも事故でも起こしてしまったら・・・それどころじゃ・・・・」 そう言って、彼が後ろから運転席にしがみついているのを察知した柚木は、 ワイパーの動きをもう一段階強めながら子供のしつけでもするかのように計都を諭しました。 「計都君、君はいつも、語尾まではっきりとしゃべらないのだね」
彼のその言葉を聞いた途端、いつまでも子ども扱いされているようでプライドを傷つけられたのか 計都はそばにあった出版案内のパンフレットを払い落としました。 「アナタに言われる筋合いはありません」 しかし、既にこんな言い争いには慣れっこになっていたふしのある柚木はいたって平然とした様子です。彼は助手席に置いてあったシガーケースの中からメンソール入りのタバコを取り出して口に咥えると、ジッポライターで火を点けました。そして、タバコのヤニ臭い息を吐き出しながら計都に言ったのです。
「・・・・よくもまあ、言うにこと欠いてそんなことを。君はワタシよりもずっと酷い男じゃないか。 ここ香港で名高いゲイストリートで売春して、一体何人の男を廃人同様にしたのだか。 そこで死んだ魚のように腐っていた君を見つけて、こうして働かせてあげたのは誰だと思っている」
マチ針を2,3本ほど突き刺したような柚木の言葉を耳にした途端、 計都は動揺を隠すかのように、先程払い落としたパンフレットに視線を注ぎました。
「・・・・・・・・・」 「確か、君を見つけたのもこんな台風の日だったよね・・・。 どうしてワタシが君の事を拾ったかわかる?」 「・・・・・・・・・・。柚木社長の考えていることは、いつも、なにもわからないです」 「別にわかる必要もないけれどね。ケイト。計都という名前も私がつけたんだ・・・。 中国かインドか忘れたが、食を起こす不吉な星の名前なんだってさ・・・知ってる?」
確かに柚木の言うとおり、林計都という名前は彼の本名ではありませんでした。 小さい頃の記憶すらあやふやだった計都には、本名などという人間らしいものがあったのかどうかも不明なほどです。 柚木の言ったとおり、彼は23歳のときまで場末の裏通りで男相手に売春をしていたのですが、 偶然通りかかった柚木に目をかけられ、現在はその秘書として香港随一の高級マンションに住むほどの 立身出世を果たしたのでした。 柚木がなぜ数多くたむろしていたストリートボーイのうちで、この計都を選び出したのかは社員の誰にもわかりません。 ただ、彼にまつわる噂話はと言ったら、どれもこれもが不吉な匂いの漂うものばかりだったのです・・・・・。
「計都にちょっかいを出したヤツは悪い客引きに騙されて有り金全部盗られた」・・などという 馬鹿馬鹿しい話ならまだしも、「雨の日に階段から転倒して大怪我をした」、 「薬物乱用の疑いをかけられて警察に逮捕、結局起訴されて人生台無しになった」等、 そんな類の危ない話がまるで大判小判のようにザクザクと溢れかえっていたのですからたまりません。
「僕はあなたに感謝してはいません。むしろ、あなたに拾われないほうが幸せだったのかもしれない」 計都はうめく様にそう呟くと、無意味だとは知りつつも車の窓ガラスに当たる無数の雨粒の数を数えていました。 再び信号待ちでブレーキに足をかけると、柚木は後部座席に座っている計都の表情を確認するかのように片手でミラーの位置を調節し、再びタバコの煙を吹きかけながらしれっとし口調で言ったのです。
「嫌だな計都君、人聞きの悪い事を。ワタシはこれでも心から君のことを必要している男だよ?」 「・・・・・・・・・」
Fortune.2 食星の災い
ふたりが向かった先と言うのは、九龍半島の先端からヴィクトリア港を見渡すようにそびえ立ち、 百万ドルの夜景をその手中に収めているインターコンチネンタルホテル香港でした。 「・・・・計都君、今度の相手は香港政庁の高級事務次官だ。政治家なら当たり前すぎて誰も見向きもしないが、香港返還前に荒稼ぎしようとしたのか、イギリス側からかなりの賄賂を受け取って私腹を肥やしたひとりだよ。香港映画でもよくある話だけど、現実にもある」
部屋番号を登録してある携帯電話のメモリを表示させながら、柚木は計都と共にエレベータに乗り、 値段も場所も京都タワー(131m)並みに高いハーバービュースイートへと向かっていました。
「・・・・・・・」 「さらに、この男・・・・。つい先日、幼稚園の前で園児を轢き逃げしたのだ。その子は今も入院している。警察沙汰にならなかったのは、その権力で揉み消したからだよ計都君。こんな輩は許せないと思わないか?厳しい裁きを受けて当然だとは思わないか?」 「柚木社長、もう・・・・やめてください!」
計都はエレベーターの背面に備え付けられている鏡にその姿を写すと、 宇宙人の解剖フィルムでも見てしまったかのような嫌悪感溢れる目で自分自身を睨み付け、顔の部分に拳を叩きつけました。 「計都君。計都君、嘆くには及ばない。そう言えば・・・ここ香港に一時期、どんな病気も治すことができるというフシギな血液を持った人がいたそうだよ。今は何をしているのか知らないが」 「・・・・・・・・僕は、そんないいものじゃありません。ドブネズミのような最低の人間です」 「ワタシにとって、君はそのフシギな血液を持つ人よりももっと尊いんだ・・・・」
エレベーターがほとんど音を立てることなく静かに停止すると、その向こうには繊細かつ重厚な装飾が施された廊下が広がっていました。柚木は指定されたハーバービュースイートに向かうと、これまた高そうな造りの扉を2,3回ノックしてから声をかけたのでした。
「柚木です」 「入りなさい。鍵は開いている」 部屋の中にいる人物から発せられた、下水道に棲むドブ鼠のようなその汚らしい声に導かれるようにして、柚木はアンティーク材で作られた重厚な扉をゆっくりと開きました。
「柚木君・・・・後ろの子が、君の秘書かね」 まるで貪欲という名の怪物がそのまま人間の姿になったようなその男は、既に裸になってベッドの上に横たわっていました。年の頃は60歳前後、身長169cm体重89kg、頭は白髪混じりのバーコードと言った、日本の女子高生辺りに「キモイ」とか言われてしまいそうなその風貌に、 計都は鬼ごっこの鬼役に目をつけられたかのような熱い焦燥と青い恐怖を感じ、思わず柚木の後ろに隠れてしまいました。 男は、あたかも泥のついた手であちこちを隈なく撫でまわすかのように、縮こまっている計都の全身を凝視しています。
「さあ計都君・・・。この御方のお相手をしなさい。良いと仰るまで、決してやめてはいけないよ」 「・・・・・・・・・柚木社長!」 計都はなおも、母親にすがりつく子供のような目をして柚木を見上げていましたが、 彼はそんな計都の手をとってベッドの近くまで歩み寄ると、彼が着ている服のボタンをひとつひとつ外してきました。 「計都君。これはね、君の持って生まれた運命なのだよ・・・」 「いやです・・・・嫌だ、嫌だ!」 部屋の中は空調が施されているためか寒くもなく暑くもなく、至って快適な温度に保たれていました。 しかし、地肌が外気に触れた瞬間、計都は彼自身の脳下垂体と生殖器のあたりから、 シロップのような甘くてトロリとしたものが流れ落ちていくのを感じました。
「綺麗な身体だ。計都君といったね・・・・」 ベッドの上で横たわる男は、まるでシャンプーの高級品、「LuxSuperRich」のようにきめ細やかで滑らかな計都の肌に触れたのです。 「あっ・・・・。ん・・・」 ネチャネチャと糸を引いている納豆のような指の動きに耐えることができなくなった彼は、 思わず小さな喘ぎを漏らしました。 「計都君。僕はそこで見ていてあげるよ。君がその使命を果たしている姿をね」 「・・・・・・・」 柚木は計都の声を粉々に砕くようにして軽く頭を振ると、ベッドの脇に備え付けられていた椅子に腰を降ろしました。
政府の高級事務次官だという男はタバコの臭いが細胞の一つ一つにまで染み込んだ舌をもって、 計都の少しばかり汗ばんだその肌をあますところなくじっとりと舐め回しました。 「ああ・・・。あっ、・・・・・」 「若い子の肌は綺麗だけど、君のは特別だ・・・・。まるで新鮮なホタルイカの様だ」
脂肪に覆われた手足を覆い尽くしている濃い体毛が皮膚を這い回る感触は、 濡れた髪の毛がいっぱいに敷き詰められたバスタブの中に、全裸で放り込まれているような 生理的嫌悪感を喚起させて余りあるものだったのです。 しかし、逃げ出す事のないように柚木が鋭い眼光を送っているので、計都はもうどうすることもできませんでした。
男は舌でくるむようにして計都の未発達の乳首に吸い付き、軽く歯を立ててながら 両手で全身を撫で回すと彼はその都度激しく背中を反らせ、全身を痙攣させました。 「あっ。あ・・・・ん・・・・」 柚木は椅子に座ったまま、死ぬほどつまらないモノクロ映画でも見ている時のようにほとんど表情を変えず、ただただ黙りこくったまま、愛撫に応じて計都が身を捩じらせるのを見ているだけです。 男は計都の強制全身愛撫を止め、興奮に耐え切れなくなった彼の子孫たちがほんの少し先端に溢れ出ているその淫猥な男性器を、計都の口にあてがいました。
「あ・・・ふ・・・・」 中途半端に生暖かいフランクフルトを食べさせられたような嫌な気分になり、 計都は思わず咽喉の奥で軽く咳き込んでしまいました。 「・・ふ・・・。うう。・・・っ」 少しばかり苦くてネバネバとした液体の味が口中に蔓延すると、計都は柚木の厳しい視線を感じたのでしょうか。自ら手を添えて男の亀頭より下の部分を上下に扱き始めたのです。 「ぬ・・・・、むぐ・・・」 男はさらなる刺激を求めたのか、計都の唾液でてらてらと光っている性器を彼の咽喉のさらに奥へと無理矢理押し込むと、光ファイバーのように細くて美しいその髪を掴みました。
「ふぐっ・・・・!・・・うう・・・・ゲェッ・・・・・」 少しばかり気管支が詰まったのでしょうか。計都は男の赤い肉欲を咽喉の奥深くに咥え込んだまま激しく咳き込みました。 しかしそれでも、計都は既にこのような行為に随分と慣れていたのかも知れません。 こうして見る限りでは、全身全霊を込めて懸命に男の性欲を満たしているかのようですが、 彼自身は心の中で全く別のことを考えており、映画の字幕のように淡々としたモノローグを繰り返していました。
・・・・・柚木社長はいつもこうやって見ているだけだ! セックスはおろか・・・キスひとつせず、僕の身体を決して抱きしめやしない。 アナタに拾われてから一度足りともなかった。 ああ、アナタは一体いつになったら・・・・ 僕の身体を砕け散るほど強く抱きしめてくれるのだろう・・・。 ・・・・・・
計都の物悲しいモノローグに気がついたのでしょうか。男はそれをわざと邪魔するかのように彼の頬を軽くはたくと、口中から性器を抜き出しました。 「・・・・・っ」 「今度はこっちの穴だ・・・・」 男は計都の上半身をベッドに押し付けながら、腰を取って宙に浮かせました。 彼は後ろが極端に跳ね上がったつの字型になって悶えている計都の後ろに擦り寄ると、 もう既に少しばかり湿っている彼の肛門に先走り液で濡れた男性器を押し付けていったのです。
「・・・・・あ・・!ふう・・・」 いくら慣れたとは言え、本来ならば出て行くことにしか使わないその穴に、逆に異物を入れようとしているのですから、腹を圧迫されているような苦しさと痛みを感じるのは至極当然の事です。 かわいそうな計都はその感触になんとかして耐えようと、くぐもった声を咽喉の奥から漏らしました。
「うう・・・。ああっ・・・・あん・・・・」 「むお・・・・おおお!う゛う゛う゛!」 計都が小さな呻き声を漏らすたびに、男は性欲のエキスがたっぷり詰まったその男性器で彼の直腸内を掻きまわしては突き上げ、突き上げては掻き回し、その都度尻に矢が突き刺さったイノブタのような叫び声を上げていました。そして空いた右手を使って、はちきれんばかりに膨張している計都のソフトな陰茎を握り締めると、まるでハープでも奏でているかのように繊細な動きで指を手繰らせ、挿入プラスアルファの快楽を与えようと尽力したのでした。
柚木は男の性器が完全に中に埋没したのを確認すると、香港では携帯電話としての機能を果たせないにもかかわらず、なぜかスーツの内ポケットからデジタルカメラつきの携帯電話を取り出し、ボタンを2,3度押してモバイルカメラを立ち上げました。
「計都君・・・・この携帯、最新機種だよ。メモリカードつきでMP3も聞けるしね。今度日本に行ったら買ってあげよう・・・・」 柚木はからかうようにそう言うと、角度や位置を変えながら何枚も何枚も、口に出すのもおぞましいような男と計都の痴態を撮影し続けていました。 カメラのシャッターが降りる度に鳴り響く軽快なサウンドは、あたかも計都のその姿態と運命を嘲笑っているかのようです。
「いや・・・撮らないで下さい、柚木さん!あっ・・・。ああ!」 男の腰の動きに呼応するかのように声を上げた計都は、 高級絹糸で織られたと思われる白いシーツを強く握りしめながらも首を横に振りました。 泣いているのでしょうか。柚木の左手には、強化ガラスの破片のような細やかな涙の粒が2,3滴降りかかってきました。
「計都君、これはね、次の顧客に見せるんだよ。君の事を気に入ってもらうためにね・・・・・」 だったら高画質のデジタルビデオカメラでも使えばいいようなものですが、なぜか柚木はこの携帯を気に入っているらしく、せっせと撮影に励んでいたのですから、まったくもって変態というしか他に言葉が見つかりません。
やがて、遥かエベレストの頂きに登りつめた男は柚木よりもずっとタバコ臭い嘆息をひとつつくと、計都から離れてベッドに倒れこみました。宙に浮かせていた腰を落とした計都も、しばらくの間ベッドに顔を伏せたまま、微動だにしませんでした。
30分ほどそうしていたでしょうか。 やがて柚木は計都の頬を指で軽くはたいて気づかせると、 シャワーを浴びて服を着るように命じました。
「・・・・柚木君・・・・・。」 「・・いかがでしたか?」 彼がシャワーを浴びている間、男と柚木は2,3言葉を交わしていました。 「良かったよ。いい筋をしている。また・・・・頼むよ」
男はそう言ってゆっくりと身体を起こすと、枕元においてあったタバコを一本取り出してゆっくりと口に咥えました。すると、いかにもあくどい事をやって私腹を肥やしていそうないそうな男の面構えに腸が腐るほどの嫌悪感を抱きつつも、柚木は深々とお辞儀をしてこう言ったのでした・・・・。
「・・・・・ええ、いつでも。アナタがそれを出来得る限りはいかなる時であろうとも・・・」
そうして事が終わって部屋から出た後、計都はまるでお化け屋敷のアルバイトお化けのような、 あまり迫力のない恨めしさを込めた目をして柚木を見つめていました。
「どうしてそんな顔をしている?ワタシはこれでも計都の事を心から愛しているんだよ」 「・・・・・・・柚木さん」 「これは君の使命なんだよ。君は天を巡航する不吉極まりない食星、計都星に祝福された子だ」
Fortune.3 愛と災い
柚木は計都を連れてマンションに戻り、シャワーを浴びてから再度彼の身体を一糸まとわぬ姿にひん向きました。 「・・・・・・・・・」 恥ずかしいのか何なのか知りませんが、計都は下を向いたまま顔を上げようとはしませんでした。 すると柚木は、かわいい部下を姿見の前に立たせると、後ろからそっと肩に手をやってこう囁いたのです。 「計都、計都星。羅侯星と共に、食を起こすと言われている見えない星の名前・・・・」 「・・・・・・・・・」 「あの事務次官も、一週間も経たないうちに災いに見舞われることだろうね。 はてさて・・・どんな災いが降りかかる事やら。アハハハ!因果応報、自業自得か」 「・・・・・・っ」
柚木の言葉をそれ以上聞きたくなかったのか、計都は彼の手を振り払い、 せめて裸身が写らないところまで移動しようと、姿見の前から逃げるようにして駆け出しました。 「おっと!」 しかし、柚木は咄嗟に計都の右腕をとって、今度は動けないようにしっかりと肩を抑えると もう一度鏡の前へと導き、無理強いするかのように両脚を開かせた状態で立たせました。
「・・・・・計都。・・・君とまぐわった者には必ず災いが訪れる。多分そうかも・・・じゃない。必ずだ。 災害に見舞われたりなんて言うのは序の口だ。命を危うくした者もいる。 君をあのストリートで拾ったときから、ワタシにはそれがわかっていたよ・・・」
柚木の言うとおり、計都と性的接触及びそれに順ずる行為を行った者は、必ず大いなる災いに見舞われるのでした。彼は計都のこの体質・・・というか、おそらく持って生まれたのであろう不吉な属性を利用して、権力や財力をカサに法の目を逃れて悪事を繰り返す不届き千万な輩を、こうして次から次へと 絶望の淵へ追いやってきたのです。
そもそもどうしてこんなことを始めたのかといえば、柚木の父親がかつて香港で警察官をしていたからなのでしょう。 彼は小さい頃から不正や悪事を見過ごす事のできない正義感を養われたらしく、 天に代わって裁きを下す大岡越前の如く、この世にあるすべての悪に対しては大いなる災いをもって懲したいと考えるに至ったのです。 しかし、柚木は所詮女性の胎から産まれ出てきた一介の人間に過ぎません。 裁きの熾天使でも、天の審問官でもないのです。 ですから、こんなことは結局彼の思い上がりでしかないのかもしれませんが、 それでも柚木は己の信じた正義を貫こうと固く誓っていたのでした・・・。
「計都、愛しているよ。これからもこの仕事を続けようね」 「嫌です。も、もうこんなことはさせないで下さい・・・・」 柚木の囁きを拒否するかのように計都は首を左右に振り、 涙をばら撒きながら苦しげに懇願しました。 「・・・・・・・何だって?」 「僕、柚木さん以外の人に触られるなんて嫌なんです。とても耐えられない」
ひび割れたワイングラスのように、ほんの少し風が吹いただけでも壊れてしまいそうな計都の姿を見て、多少は部下を哀れに思ったのでしょうか。 柚木は計都の頭をくしゃくしゃと撫でながら正面に向き直り、昔のドラマによく出てくる農村から奉公に出てきた娘のように赤くなっているその頬にそっと唇を這わせました。
「・・・・・計都。この世界は汚い人間ばかりだと思わないか? あんなゲス野郎共がいい思いをしているのを見ていると腹が立ってこないか? 君はその力を持って、悪人に裁きを下すことができるんだよ?素晴らしいじゃないか・・・」 「でも、・・・・そのせいでアナタはいつまで経っても僕を・・・・・僕を抱きしめてくれないじゃないか」
柚木は計都の事を心から愛していましたが、災いが降りかかるのを畏れて決して彼を抱こうとはしないのです。ストリートで見つけ出されて拾われたときから、徐々に柚木を愛するようになった計都にとって、それはまさに巨大な剣山の上に正座させられているかのような、例えようもなく辛い苦行に他ならないのでした。
「・・・・・計都、愛しているんだよ。でも、ワタシは災いを避けるために君を抱かない・・・。 だから、いつもああやって君の痴態を見ているんだ。ワタシはそれで充分なのだよ。 第一、君だってワタシに災いが降りかかったら悲しいだろう?」 「・・・・・・・・」 「だからワタシは・・・・。この深い愛ゆえに永遠に君を抱かないのだよ。感じるだろう? ワタシの愛を。だからこれからもこの仕事を続けておくれ。不吉な星の子、計都」
柚木が何故、計都が災いをもたらす食星の下に生まれた不吉な子だとわかったのかは誰も知りませんでしたが、この二人の出会いはあたかも天則正しく巡航している星々の如く、予め定められていた運命だったのかもしれません。
「運命の車輪」とは、ありとあらゆる生命の輪廻転生と新しい循環の始まりを意味する幸福の車輪であると言われていますが、 永遠に出口を見つけることのできない閉じられた循環、そして自分で振りまいた災いはいつか必ず返ってくるのだと言うことを暗に示す、 不幸の車輪でもあるのでしょう・・・。きっと。
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