VAMPIRE KISS
「いやだ。部屋が荒らされる。俺の聖域が汚される。だから憑いてくるな」 「なんだよそれ!!俺は獣かばい菌か!?ひっどい言い方だな!!」
学校からの帰り道。 オレ、森潤也(もりじゅんや)は、ついこの間同じクラスに転入してきた結城圭(ゆうきけい)の一人暮らし振りを見たいがために、結城の後にくっついて歩いている。つか、ストーカーとか痴漢とかじゃないからな。ただの好奇心だ。なんてったって、結城は前から入ってみたかったあの高級マンションに一人暮らしなのだ。 オレは隣で項垂れている結城を見上げる。 オレも低い方じゃないが(176cm)結城はばァーか!て言いたくなるほどでかい(188cm)。しかもそれで木偶の坊だからギャグだよなァ。ま、お世辞じゃなく顔は抜群なんだけどねェ。
「勿体ねェー。おまえ可哀相」
オレが哀れみの顔で見つめていたら、あらら口に出ちゃったのな。結城がむっとした顔でオレを見下ろした。 それでも色男、されど運動音痴。いやァ、あと一歩、みたいな。
「ばかにするな。これは本当の俺じゃない」 「はァ?じゃあ嘘者?」 「・・・それを言うなら偽者じゃないか?」 「・・・今日泊まってやる。居ついてやる。寝顔にバカって書いてやる・・」 「だからやだって言ってる」 「お!見えてきた!」
見るからに高級チックな豪華マンションがででんと建っている。 こんなところに高校生が一人で住んでんだから、まったく非常識だよなァ。 オレは結城の手を掴みマンションの中に走りこんだ。あくまで結城を逃がさない為だ。結城はさも迷惑そうな気だるげな態度でセキュリティロックを外し、その先のエレベーターに向かって歩いていく。その間もオレはしっかりと手を捕まえていた。
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結城が冷えたウーロン茶をオレに出してくれた。 オレはぼんやりとお礼を言い、ぼんやりとソファに座り、ぼんやりと部屋を眺めていた。 今座ってるソファも、ガラスのテーブルも、持ってるグラスも、ただもんじゃねェー・・・。 馬鹿でかいリビングだけでオレん家だったら2,3部屋分はあるっぽいぞ・・
「ありえない」 「なに?」 「ありえないって言ってんだよ」 「なに言ってるんだか」
結城は言いながらオレの横に座ってウーロン茶を呷った。 こいつ、やっぱりお坊ちゃまなんだ!!これを鼻で笑えるやつなんてそういない筈だ!! こいつはやっぱアホ!!
「変な顔」 「なんだとォ?おまえだって変な顔だぞ!にやにや笑ってアホっぽい!!」 「俺にやにやしてる?あれー、それ本当?」 「・・気が抜ける・・・」
結城のアホっぷりに脱力してしまったオレは、ぐてっと革の背もたれに体重をかけた。
「ウーロン茶零れるよ」 「・・・」
死んだように黙った俺を一瞥すると、結城はオレの手からグラスを取り上げてテーブルに置いた。そういえば。
「おまえって実はやさしいやつだよな」
結城は予想しなかった言葉がオレから出たことに吃驚したみたいだった。オレとおんなじように背もたれに寄りかかろうとした結城がぴたりと停止した。なんとなく顔も引き攣ってる気がする。
「どうしてまた突然。思ってもないことを言うな。俺にお世辞を言っても何もでないぜ」 「だってさァ。手が冷たい人って心があったかいっていうじゃん」 「え・・・?」 「なァにそんなシリアスな顔しちゃってさ、いいことじゃん」 「・・ああ」 「ちょっと貸せよ、手」
オレは結城の手を自分の首筋に押し付けた。
「はァ、気持ちいー」
こいつなんでこんなに手が冷たいんだろ。クーラーなんかより全然効くわ。暑がりのオレにとっては最高だね。
「手、放してくれないかな」 「なんだよ、ケチ。もうちょっとだけ」 「これ以上は・・」 「は?」
なんだかシツコイ結城を見たら、普段から白い顔が青くなっていて、瞬間オレの本能はやばいと察した。 急いで手を放したら、乱暴になっちゃったけど、結城は体ごとオレから離れてリビングから出て行ってしまった。 なんなんだよ。おい。 人んちで一人残されたオレは一体どうすれば・・・? オレはとりあえず目の前に置かれたぬるいウーロン茶を啜った。
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もう6時。あれから1時間も結城は帰ってこない。玄関の音がしないからこの家のどっかにいるんだろうけど。 たぶん嫌われたし、結構まじだったけど泊まりはあきらめよう。 オレは鞄を持つと玄関へ向かって歩いた。リビングから出ると、左右に廊下が続いていて、真っ直ぐ歩いていけば玄関。 なんだよこの部屋数。 結城以外に本当に誰も住んでいないのかよ。 だったらまじで寒い家。 おっそろしいほど静かで、空気は冷え切ってて、オレんちみたいに家族団欒がない家なんて、オレだったらどうなるだろう。寂しくて泣いちゃうかもしれない。 ・・・それは言い過ぎか?
「とにかく!結城ィー、オレ帰るからー。ごめんなァー!じゃなー!!」
しーん。
「結城・・・」
ちょっと、オレ切れ気味かもよ?
「そんなにオレが嫌いになったんなら!隠れてねェで出て来い!つかッ、探し出してやる・・!!」
ここは倉庫。 ここはお風呂。 ここはトイレ。 客間。 和室。 寝室。 ――ベランダ。 結城の髪が靡いてる。寂しそうな背中。相変わらず背はばかでかいけど。 なんでベランダにいるんだよ。高層マンションの最上階、風強ェーよ、自分の髪が目にかかって邪魔くさい。 ったく、こいつ気づいてないのか? よし、ここは背中でも殴って気づかせてやるべき・・ と思ったら結城が振り向いた。
「触らないでくれ。頼むから」 「あれ・・結城、おまえカラコン入れてたっけ」 「・・・地だ」 「本物ってことかその目、・・」 「本物だ。偽者じゃない」
薄い光彩。氷を光で透かしたような、白い砂浜が透けて見える綺麗な青い海みたいな目の色。 髪の毛は艶々の黒だけど。
外人だったのか。 「クオーターだ」 つかなんで隠してるんだよ。 「騒がれるのは嫌いなんだ」 っていうか。 「なんだ、聞きたいことはそれだけか?」 「オレまた口に出してた?」 「・・・」
そう言うと一瞬沈黙した結城が間の抜けた顔をして笑った。なにを笑っとるんだこいつ。やっぱりバカ?
「ハハ、バカはおまえだろう?」 「なんだとッ!?」 「だから・・」 「だから、なんだよ?」
結城は完璧オレに向き直って、真正面から見据えてきた。ふと笑って、一息吐くと、また口角を上げて笑う。 形のいい唇が声を出す為にうっすらと開いた。 唇の中、両端に、白い何か。 目の錯覚か?
「そんなにじっと見るな。恥ずかしいだろ」 「それ。何。これ、この歯、みたいなやつ。オレにはないぞ」 「ったく、触るなよ。俺の大事な牙なんだから。よく人の歯を触れるな。いい度胸だ」 「へ?」
オレは自分の犬歯を触ったり、結城のやけに鋭い犬歯を触ったりしていた。 結城の言ってる“キバ”てのは、ライオンとかにある歯のこと? 確かにこいつの2つのキバ、すっごく肉が食べやすそうだけど。
「確かに肉は、噛みやすいな。まあ、その為にあるんだが。別に食用にあるようなものじゃ・・ん、どっちだろうか」 「えっ!また口に出してた?!オレ!」 「違うって。お前の思考を読み取ってるだけだ。お前の頭、単純で返答しやすい」 「お、オレの思考を読み取るってどういう・・っていうか、単純って、バカにしてるのかァ?!」 「思考も発言通り。あー、やっぱり久々に気持ちがすっきりする。お前と一緒にいると楽だ」 「だから、おまえなんなんだよ・・・?」 「聞いてどうする?別に俺は言っても構わないけど、お前が構うんじゃないか?言ったら俺、もう遠慮しないぜ?」 「いいから言えよ。胸焼けがしそう・・」 「Vampire。日本語で、吸血鬼、だっけ。鬼なんて癪だけど」 「――――――おい!なんだそりゃ!もっとまともな嘘をつけ!」 「だったら証明してやろうか」
結城の青い目が細められ、オレを見据える。ゆらりと一歩踏み出され、オレは背中に壁が当たるまで退いてしまった。 ヴァンパイア。 結城が? なんで近づいて来るんだよ。 ―証明してやろうかー 何するつもりだよ・・!?
「それは、ひとつしかないだろう?」 「ひっ」
がぶり。
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オレはやつのベッドでぐったりと横になっていた。 やつに噛まれた首筋が痛い。 触ると2つ傷ができてた。
「あんまり触るなよ。ばい菌が入る」 「そうなってもお前のせいじゃん・・・いてェーよアホめ」 「潤也の血、前から我慢してたんだけどね。ごめんな。ヴァンパイアにはならないから安心しろ」 「ちくしょう。ばい菌が入ったらどうしてくれる」
はァー、あんまりにも血が足りなくて息切れがする。運動してもこんなことにはなったことないのに。くそォ。
「だから消毒させろと言ってるだろう」 「とか言って、どうせまた血啜る気だろ・・オレ絶対反対側は死守するからな・・」 「満腹だから今はいい。消毒するだけだって。俺も悪いと思ってるんだぜ」
ちらりと結城を見ると、切なそうな顔だった。はァ。もういいや。 オレは顔を結城と反対側に背けて、噛まれた首筋を結城に見えるようにした。
「本当に消毒するだけだからな」 「わかった」
案外素直じゃん。と思ってたら。 ベッドにやつも乗り上げてきた。 そんでもってオレを跨いで、両手をオレの顔の横につく。 一体何をするつもりだこいつはーーーー!!
「だから、消毒。ヴァンパイアは頂いた後に痛くならないように傷を塞ぐ事ができるんだ」 「うそつけ!!」 「お前がまだ痛いのは途中で俺を突き放したからだ。中途半端で終わったから痛いんだ」 「まじかよォー・・それ本当・・?」 「今度は抵抗するなよ」 「ううッ」
傷の上を濡れた舌が這った。消毒ってこれかよ!
「ぐァーー気色悪い!やっぱりヤメロ!うー放せェッ!!」 「気色悪いとは失礼だな」 「ば、馬鹿力ッ・・」
抵抗してたオレの両手に結城の手が合わさってシーツに押さえつけられた。 オレ、なんで結城とベッドでこんなんなってるんだよ。 こいつ自分の正体ばらすし、人のこと噛むわ吸うわで、終いにゃ舐めるし。 ・・・なんか他の所も舐められてる気がするんだけど。
「ちょ!?結城、何ッ!?」 「黙ってろ」 「んッ」
わーわーッ!!? ばか結城! チュウまでするな! オレの口を消毒してどうする!!
「別に消毒してるつもりはないんだけど」 「・・あほ」 「ちゅう、って。潤也は表現が幼すぎるな」 「あほ結城・・重い、どけ」 「これはキスっていうんだぜ」 「ァ・・んんゥッ」
あー・・・なんでこうなるんだァ・・・ファーストキスじゃんよ。 サイテーだ。 『俺の聖域が汚される』 同級生、結城圭は背の高い美青年。 種類、ヴァンパイア。 行為、吸血。 艶々の黒髪に薄氷の青い瞳を持つ。 ひっそりと生きているのが好きで、実は運動神経抜群でも運動音痴を演じるくらい目立つのがいや。 そして、オレの血を大量に吸った後、オレの唇を貪るのが趣味?
「結局、汚されたのはオレの方」
*THE END*
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