「なあ、なあ…。藤木(ふじき)と瀬尾(せお)って、付きおうとるん?」 「ブッハッ!」 小動物系と言われてる小柄で眼のクリッとした秀由(ひでよし)が、今年の新入生の中でも一番美人と言われてる藤木馨(ふじき かおる)に行き成り噂の真相を問い質す。 その事に吃驚したのは訊かれた本人ではなく、傍で牛乳を飲んで居た俺の方だった……。 「うっわー…。きったねぇ~…。屋久(やひさ)ってば、牛乳噴くなよ―――ギャグマンじゃねぇんだからぁ……」 かなり明るい目の茶髪に染めた大辺多加志(おおべ たかし)が如何にも嫌そうに顔を顰める。 「わ、わりぃ……」 だって、朝っぱらから寮の食堂でする会話か? それが―――…。
そう、此処は全寮制の男子寮なのだ―――。 しかも、かなりの山奥に建てられたいろいろ曰く付きの―――。 例えばどっかの政治家の隠し子が居るとか―――。 “ヤ”の付く人の息子が居るとか―――。 如何し様もないくらい手の付けられない悪ガキが放り込まれて居るとか―――。 それというのもこの寮のシステムが、例えお盆だろうが正月だろうが生徒が帰省しなくてもいい様に出来ている所為だ。 表向きは海外で仕事をしている両親のご子息を安心してお預かりする為に―――、と言われてるが、俺ら生徒の間では“(都合の悪い)ガキ捨て山”とさえ言われてる。
「でっ、ほんまの処はどないやねん?」 秀由が卵サンド片手にしつこく訊いている。 割りと色白の顔にツルツルとした黒髪が映える藤木は、その見掛けを裏切って大飯喰いだ。今も二膳目の御飯をよそおった茶碗を手に取り、事も無げにあっさり秀由の質問に答える。 「付き合ってないよ。つーか、俺振られたもん。中3の時―――。瀬尾に好きだって告白したら、『俺はお前と同じ気持ちに見られない』って……」 「グッハッ!」 「やぁ~ひぃ~さぁ~~~!!」 再度牛乳を噴いた俺は全員から責められた。 「……スマン……」
この最近俺は、今年入学した中でも美少年だという3人組に囲まれて生活している。 御蔭でバスケ部の小城(おぎ)先輩は、人の顔を見る度に、 『いいねぇ~…。屋久。もてもてで』 等とからかって来る。 野郎が野郎に囲まれても嬉しくもなんともないっ!! 大体、この学校の連中は可笑しいっ!! いくら閉鎖された男しか居ない生活だからって、男に手を出そうとする奴らが多過ぎる! 実は小城先輩もそういう人だ。男も女もオール・オッケェ!という節操無し振り―――。 俺もよくちょっかい出されたけど…、でも本当に嫌がれば何もしない―――それどころか、実は先月上級生三人組に襲われそうになった俺を助けてくれたのって、小城先輩なんだ……。 御蔭で小城先輩は今右腕を脱臼して、クラブを休んでいる―――。俺の所為で……。 小城先輩は気にするな、って言うけど……。 それにしてもだっ! 俺を襲おうとした奴らの心情が判らない。 自分で言うのもなんだが、俺は特別美少年って訳じゃない。 だからって、特別見られない顔でもなくって、軟派すりゃそこそこ成功する女の子受けする顔だって自覚はある。 でも藤木や、秀由や、大辺を見ていると、普通に男臭い顔だって―――思うんだけどな……。
「―――さ、屋久ってばぁ!!」 「えっ?」 ふと気付くと、眼の前に藤木のドッアップ! (ふぇ~~~っ…。こいつの肌ってツルツルしてそう……) 思わず手を伸ばして触りたい衝動に駆られた自分にマジ焦りする。 (だ、大丈夫か……。俺―――) いけねぇー。いけねぇー…。この学校に入学してから8ヶ月とちょっと……。 何か―――悪影響ばかり受けてるみたいだ……。 「な、何?」 「何やあらへんやん。はよ、牛乳飲んでしまい。学校行くでぇ」 と、今度は秀由に急かされる。 「あぁ……」 美少年3人組(?)の面倒を見てるつもりで、世話を焼かれていたのでは、それこそ世話が無い……。 俺は残っている牛乳を一気飲みして勢いよく立ち上がった。
「それにしても屋久―――、この頃牛乳ばっかり飲んでるよなぁ…。お前って、そんなに牛乳好きだったっけ?」 寮から学校まで行く道を(と、いっても直ぐ其処なのだが…)歩きながら、大辺が訊いて来る。 「どっちかって言ったら、嫌い―――。でも身長が伸びるかなぁ~…って」 「はあ?何、贅沢言うとんねん!それだけあったら充分やないか」 未だ165cmを切れない秀由が『俺に対する嫌味か、それ―――』と言いながら横で怒っている。 「あのなぁ~…。177cmなんてうちのバスケ部じゃ小さい方なの!」 せめて小城先輩より大きくなりたい! 二度とあんな事が起こらない為にも―――。 そう決心したんだ! あの時―――。俺は―――。
「そーいえば……。征爾(せいじ)の奴もついに180cm突破したって言ってたなぁ~…。大体生意気だよ、あいつ―――。後期とはいえ、1年で生徒会副会長になんかなっちゃってさぁー……」 大辺の奴は、自分が霧島(きりしま)に“1年で生徒会副会長なんてカッコイイじゃん。立候補しろよ”と言ったのも忘れて『土曜日も生徒会の仕事がどーの、って、俺との約束破るんだぜ!』と、大声で喚いている。 ホント……。幼馴染みって、複雑な関係らしい…。
「どっわぁぁ~~~あぁ~~~っ!!」 今日の俺の運勢は低迷らしい……。 朝は牛乳を噴き捲るし、今は―――。
本日日直だった俺は、担任のオニガワラこと、小川原(おがわら)先生にアホみたいに持たされたプリントを持って、職員室から教室に移動していた。 うちってさ、余程土地が余っているのか知らないけど、寮も学校も莫迦でかい。 職員室から教室まで渡り廊下を歩いていたら、かなりの距離がある。 はっきり言って両腕限界の俺は、普段は余り誰も行かない、上履き厳禁の裏庭を、上履きのまま突っ切る事にした。 プリントを抱えてる為、足元を見ず急ぎ足で歩いてた俺は、思いっ切り何かにケッ躓いてしまった。 このまま顔面強打?それじゃあ、今朝の大辺の科白通り、俺の1日がギャグマン化してしまう―――。 と、自分でも訳の判らない事を考えながら、プリントを巻き散らかし派手にコケた俺の顔に当たったものは―――。 硬い事は硬いけど……地面程硬くない―――。 というか……、殆ど痛みが無い―――。 (何だ?) 恐る恐る顔を上げてみれば、俺は誰かの身体の上にちゃっかり乗っかっていて……。 しかも……。 しかもっ! その相手が―――。
物覚えが良い訳でも悪い訳でもない俺だが、この顔だけは入学して1ヶ月も経たないうちに覚えた。 俺が今下敷きにしている……、1年上級の……。 “ヤ”のつくところの跡取り息子(だという噂のある)―――。 元関東一の暴走族のヘッド(だったって言われている)―――。 関東一帯を仕切っていた裏番(って、今時居るのか?)―――。 兎に角彼の武勇伝(?)は後を絶たない。 彼―――二階堂誠記(にかいどう もとき)―――。 二階堂先輩は、俺を腹の上に乗せたまま事も無げに上半身を起こすと、右手で長めの前髪を掻き揚げた。 前髪に半分くらい隠れていたその瞳は―――。 霧島や瀬尾など、普段目付きの悪い奴らを見慣れている俺から見ても、相手にならない程剣呑としている。 そして、その喉から絞り出されたその声は―――。 「お前―――」 恐ろしい程低い……。 (怒ってる。怒ってるよぉ~~~…) そりゃ、そーだろ…。 (多分)気持ち良く眠っていた処に、俺ってば、腹の上に思いっ切りダイブかました訳だから―――。 慌てて飛び起き、 「ごめんなさいっ!すいませんっ!!申し訳有りませんっっ!!失礼しますぅ~~~っ!!」 思い付いた謝罪の言葉だけを述べて、二階堂先輩の顔も見ずに、脱兎の如くその場を逃げ去った。
俺は(俺だけじゃないと思うが…)二階堂先輩の顔をよく知っていたが、おそらく二階堂先輩は俺の事など知らないだろう…。 バスケ部だって、まだレギュラーじゃないし……というか、うちのバスケ部って、実は結構弱小だし―――、騒がれる程美少年って訳じゃないし―――。 だけど……。 だけど―――。 先月、俺を襲った奴らはこう言った。 『おっ、何時も美少年に囲まれてる、屋久くんじゃないのぉ~』 って……。
俺は今更ながら、あの連中とつるんでいる事を少しだけ後悔した。
「屋久!屋久ってばぁっ!!」 俺がオニガワラに頼まれた、クラスに配る筈のプリントを“あの場所”にばら撒いたまま忘れてきた事を思い出し呆然となっている最中に、クラスの誰かに肩を揺すられた。 見ると俺の肩を掴んでる奴は心なしか青褪めている。 「あ、あれ……」 震える小声でそいつの指し示す、俺の教室の戸口の前に居たのは―――。 「屋久孝之(やひさ たかゆき)!居ないのか?」 (何で、フルネームッ!?) そう戸口の処で俺のフルネームを叫んでいたのは、紛れも無く“ヤ”の付く、ヘッドな、裏番長様だった……。 当然、クラスに居る奴らは関わり合いになるのを恐れ、知らんふりだ。 一部気の毒そうに俺を見ている奴らは居るが……、俺と眼が合うと逸らしてしまう。 ハイッ!ハイッ!!判りましたよっ!俺の自業自得っすから、責任とりゃあいいんだろっ!! 誰に怒ってんのか自分でも判らず、戸口の処に歩み寄る。 さっきは寝てる処にダイブしたから、よく判らなかったのだが―――。 いや、それでもしっかりした厚みある胸幅だけは判った、けど……。 近くで見る二階堂先輩は、そのがっしりした体型に相応しく背も高かった。 (つーか、俺…見下ろされてるんすけど……) 二階堂先輩は無言で俺の事を睨み付けている。 (あ~~っ…。体育館裏に来い!とかって言われるんだろうか……) 二階堂先輩の視線が怖くて、つい俯き加減な俺の頭の上から、 「両手を出せ」 と言葉が降って来た。 両手? 意味も判らず、恐る恐る両手を出すと、その上にドサッとプリント用紙が―――。 えっ? 俺が自分の両手に乗せられたプリント用紙を見詰めてる間に、二階堂先輩は何も言わず去って行った。 まさか……態々、これ届けに―――? 確かこのプリントは、俺がコケタ時に盛大にばら撒かれた筈だ―――。 って事は何?それを態々集めて持って来てくれたって事? な、何でぇ~? プリントを抱えたまま固まっている俺の元に、二階堂先輩が完全に見えなくなったのを確認したクラスの連中が集まって来る。 「屋久、一体何があったんだよっ!ってか、何しでかしたんだ?お前―――」 何って……。 何が何だか俺にもさっぱり判らない―――。 何で俺のフルネーム知っているのか……。 何で態々プリントを届けてくれたのか……。 只一つだけ思ったのは―――二階堂先輩って、人が言う程悪い人じゃ―――ない?
本当に今日の俺の運勢はサイアクだったのかもしれない―――。
日直では扱き使われるし…(別に何も仕事の当たらない日もあるのに―――) クラブではシュートが決まらないどころか、ボールを顔面強打してしまった。 しかも暇を持て余した小城先輩が見学に来ていて、それを見てゲラゲラ笑ってた。 「屋久ぁ!顔で受けてもバスケは上手くなんないぜ」 判ってるよ…。んな事―――。 おまけに先輩の横には、超不機嫌そうな面の男が先輩の鞄持ちしてるしさ―――。 チェッ!
そして寮の夕飯時間―――。 此処最近忙しかった瀬尾や霧島や志岐嶋(しきしま)が食堂に顔を出し、久々に“何故か!”七人で夕飯を食べる破目になった。 「藤木。おかわりは?」 「うん」 相変らず瀬尾は藤木の面倒を見、素直に藤木も瀬尾に甘えてる―――。 つーか、瀬尾に失恋したんじゃなかったのか?藤木?何故んな、ナチュラルに甘えられるんだ? というか瀬尾!何で普通に(いや、普通以上に!)藤木の面倒が見れんだ?お前が振ったんだろう……? 「うぅぅ~~~っ…」 秀由が焼き魚と格闘して唸っている。 焼き魚は今やボロボロだ―――。 こいつって、運動神経はいいのに何処か不器用だ…。 「はい、秀由」 志岐嶋が自分の分の解した焼き魚を秀由の口の中に放り込んでやる。 「………………………………」 俺はもう、何処を如何突っ込んでいいのか判らず、見て見ぬ振りをすれば、俺の横の大辺が、 「ゲッ!グリンピース嫌いっ!!征爾喰ってよぉ!」 と、悲鳴を上げている。 「―――好き嫌いをするから、英語が出来ないんだ…。自分で食べろ」 「グリンピースを喰ったからって、英語が出来る訳ないだろう…」 「それは食べてみないと判らないな。さぁ喰え!」 「征爾の鬼っ!悪魔っ!陰険ヤロー!!」 この二人の会話がラヴラヴに聞こえるのは、俺の耳が可笑しいのか…。脳みそが可笑しいのか……。 (こんな事なら、一人で夕飯喰えば良かったぜ……) 眼の前の賑やかな光景を見ながら、何となく、独り寂しく夕飯を喰った気分になった。
「チェッ、あんだよっ!」 何となく部屋に居る気がしなくって―――、つーか、部屋に大辺が来てんだよな……。 勿論、俺に会いに―――じゃなく、俺の同室の霧島に会いに―――。 だもんで、学校の体育館でシュートの練習をするも全然決まらない……。 これ以上は何をやっても無駄な様な気がして、ボールを片付け様として―――体育館の床に、俺以外の黒い影があるのを発見する。 わ、わ、わ……。 「湧いて出たぁーっ!!」 「湧いて出るかっ!」 聞き覚えのあるその声は―――。 「二階堂…先輩……?」 バスケットボールを片手に、不機嫌も露に二階堂先輩が突っ立ってた。 「俺はゴキブリか?」 そう言うと俺の手にバスケットボールを手渡してくれる。 「ス…スイマセン……」 一日に二回も失礼な事をしてしまい、俺は小さくなるしかない。 そんな俺に二階堂先輩が、 「お前―――、練習熱心なのはいいが、夜遅く独りでこんなとこに来んじゃねぇーよ」 なんて言ってくる。 夜遅く?―――つったって、まだ9時前だぜ? 『何言ってんだ?この人―――』って思った事がバレたのか、二階堂先輩は軽く溜息を吐き、 「自覚無しか…」 とだけ言った。 なんとなくその言い方が莫迦にされてる様で、ムッとしてしまう…。 「今、片付けて帰るとこです!」 つっけんどんに言った俺に対して気分を害した様子も無く、只一言、 「そうか…。なら、送って行こう……」 と、二階堂先輩は言う。 (はあ?何だぁ…?その女の子に対する発想は?) 大体、送ると言っても学校と寮は直ぐ近くにある訳で―――。 「い、いいです……。せ、先輩こそ何か用事が―――」 しどろもどろに言う俺に、二階堂先輩はぴしゃりと言い切る。 「早く支度しろ!」 「―――はい…」 所詮、俺が二階堂先輩に逆らうなんて無理な話だ―――。
結局、二階堂先輩は3階にある俺の部屋まで付いて来てくれて、そのまま4階の自分の部屋まで帰って行った。 その間一言も会話は無かった……。 俺は何故、俺のフルネームを知っているのか、結局訊きそびれてしまった。 でも…、只一つだけ思ったのは―――。 (二階堂先輩って……、噂ほど怖い人でも、悪い人でも無いのかも知れない…) もし、今度喋る機会があったら―――、うん、なんで俺の名前を知ってたのか訊いてみようかなぁ~…。
俺は何となく―――何となくだけど其処に二階堂先輩が居る様な気がして、こっそり行ってみた。 裏庭の―――庭なんて呼べるものじゃないが……、昨日俺が二階堂先輩の上に乗り上げた場所―――。 「居たっ」 二階堂先輩は、やはり昨日の場所で昼寝(?)をして居た。 起こさない様にそっと近付き、上から顔を覗き見れば―――、 「ホント、カッコイイ顔だよな……」 瀬尾や霧島、志岐嶋にしたって平均レベルは超えてるし、おまけに小城先輩の綺麗な顔や、小城先輩の同室の奴(何時も不機嫌そうにしているが、顔はいいと思う…)等、いい男系を見慣れてる俺が純粋にカッコ良くって、男らしい顔だと思ってしまう……。 身体もがっしりしてて、出来上がっているし―――。どうせなら俺、こんな風になりたかった……。 「そしたら……小城先輩は、俺が守れたのに―――どっわっ!?」 独り言を言い終わらないうちに腕を引っ張られ、身体を巻き込まれた。 「な、な、何?」 軽いパニックを起こしてる俺の眼の前に、二階堂先輩の男らしくってカッコイイ顔の大アップが―――。 つーか、なんで俺、抱き込まれてるの? 一生懸命、二階堂先輩の厚い胸板に手をやり身体を離そうともがくが、背中に廻った二階堂先輩の腕にがっしりとホールドされ、抜け出せない。 「に、二階堂先輩ぃ~…。な、なんでぇ…」 俺の問い掛けに薄目を開けた二階堂先輩が、 (つーか、狸寝入りしてたのかよっ!?) 「今日は何時まで経っても上に乗って来てくれないからだ」 等と訳の判らない事を言って来る―――。 (はあ?) 二階堂先輩の言葉に思わず身体から力が抜け、まるでその瞬間を狙った様に先輩が、 「……んっ……ん~~~?」 昨日の様に上半身を起こすと、俺に―――、俺にぃー? キスしてきた……。 って、何で?何で、俺キスされてんの? 頭の中は?マークが飛び交い思考停止状態だ―――。 そのうち口の中にヌルッとしたものが差し込まれて……。 「うっうぅ~~~っ……」 それは二階堂先輩の舌で―――。しかもその舌が、俺の上顎とか歯茎の裏とか舐めるんだぁーっ! 俺だって中学校時代彼女も居たし、この学校に入ってからも結構休みの日とかに軟派に出掛けて、遊んではいたが……。 こんなキスはした事ない―――。 ヤ、ヤバイよぉ~…。何だか下半身に力が入らない……。 押し返す積もりで先輩の胸板にあった手は、何時の間にやら先輩のシャツを強く握り締めている―――。 「ふっ……んっ…」 やっと唇を離して貰えて、ボーッと間近にある先輩の顔を見れば、やっぱカッコ良くって……。 でもその顔は何だか苦笑している―――。 「困った奴だなぁ……。屋久―――。あんまり俺を煽るなよ」 はあっ? こいつ今、なんっつった!? 「ふざけるなっ!!」 そう言って勢いよく立ち上がったつもりが―――、下半身に力が入らず、ヘニョへニョと先輩の腹の上に崩れ落ちてしまった。 先輩は何だか笑いを堪えてる顔付きで、 「悪かったよ…。まさかキスもまだだとは思わなくてさ」 等と言い、俺の両脇に手を差し込み……。 差し込み、そのまま俺を左肩に担ぎ上げたぁ~~~っ!? 「せ…、せ、先輩ぃ~……。ちょっとぉ…」 「騒ぐな!腰が抜けたんだろ?もう直ぐ昼休みが終わるから教室近くまで運んでやるだけだ」 俺を抱え上げてもビクともせず、先輩は大股で歩き始める。 (じょ、冗談~~~っ) 「お、下ろして……。ヤダッ、誰かに見られたら…」 俺が先輩の背中を握り拳で叩いても、先輩は一向に気にした様子も無く、 「それはいいかもしれないな……。その方がお前にちょっかいだす連中が減るだろう…」 なんて独り言の様に言ってくる。 「何だよっ!それっ!!いいから下ろせよっ!!」 普段はクラブで先輩・後輩について教え込まれてるし、一応守っているつもりだが……。 こんな扱い受けて大人しくしている程、俺は出来た人間じゃない! 思わず二階堂先輩の耳元で怒鳴れば、肩からズルッと引き摺り下ろされ、そして―――。 (こ、これって……お、お姫様抱っこ―――って、やつぅ~…?) 固まっている俺の顔近くに、二階堂先輩の顔が迫ってきて、 「うだ、うだ、ぬかすと、もう一辺キスするぞっ!」 凄まれた―――。 「ご、御免なさい……」 俺が小さくなって謝れば、先輩が―――。 先輩が笑った? 何時も見ている怖そうな顔と違って、笑った先輩はとても優しそうで……。 俺…、俺……如何かしてる―――。 こんな格好で運ばれてカッコ悪いのに―――ドキドキしてるなんて……。
結局俺は、お姫様抱っこのまま、教室近くまで運ばれた。 俺は誰にも見られてない事だけを祈り、なるべく小さくなって俯いていた。
<後編に続く>
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