日本の誇る帝都東京、場所は高級住宅地。世田谷区と言えば誰しもが、華族か貴族か噂する。 「どちらにお行きに成られるのですか」 「一寸其処まで」 「……御気を付けて行ってらっしゃいまし」 渋い顔をしつつも婆やが玄関までの御見送り。
フラフラ日本橋を歩くはピシリとスーツを着こなした、若い青年。 如何にも良い処のお坊ちゃんという様な出で立ちと、少女の如き美麗な容姿に道行く人の眼を釘付け。 「今日はいらっしゃっているだろうか」 ポツリと呟く不安顔。 向かうは彼の人が贔屓としている小料理屋。 名を、不知火(シラヌイ)という。
「いらっしゃいまし。……あら、若様じゃないですか」 「今晩は、みちるさん」 ニコリと微笑むは美貌の女将みちる嬢。微笑み返した彼氏は店内を見回し「未だみたいだね」 幾分声を沈ませて、カウンタァ席に陣を取る。 「この様な処に御供も付けないで、宜しいのですか?」 「この様なって、云わなくとも。それに僕はもう御供等、付ける歳では有りませんよ」 敬語も止めて下さいねと云われても、みちる嬢はタダタダ苦笑い。 それもその筈。この青年、世が世なら一国一城の主にも相応しい家柄の嫡男で御座います。 日本に名高い侯爵家、財閥の御嫡男がこんな下町に居て良い筈は御座いません。 その彼氏が何故不知火に居るのか。 元々本人、貴族に似合わぬ庶民派気質の持ち主ながら、しかし真の理由は別に有り。 「おや、もう来ていたのかい」 ガラリと開く戸の外に、彼氏の待ち人佇んで「来てはイケナイと云っておいただろう」 苦笑いをしつつ隣に座るは可成りの色男。 負けず劣らず容貌の優れた青年は知らん振り。 「来るのは僕の自由でしょう」 憎まれ口を叩くはいつもの事。 「仕方が無い若様だ。…行こうか」 入ったばかりなのにとみちる嬢、引き留めないのもいつもの事。
化粧を施せば淑女と見紛うやも知れぬ美貌の次期侯爵様、椎名春日(シイナ カスガ)。 連れだって歩く青年は、帝都の誇る新聞社・帝都新聞の敏腕記者で名を木葉一葉(コノハ イチヨウ)。 美貌の青年と色男。 道行く人が振り返る、何とも眼に心地良い光景に御座います。 「ハル、家を抜け出して良かったのかい」 「うん。……もう我慢出来なくて」 頬を朱に染め彼氏を見れば「嗚呼、そういう身体にしたからな」 一葉青年、ニヤリと笑みまして。
時を暫く戻しまして、場所は帝国大学の高等部舎。 教育実習と称しました会で一葉青年が見初めたのは学生服に身を包む、何とも美しい少年でして「一寸こっちに御出な」 誘い出した彼氏は事も有ろうに純真無垢で幼気な、美しい少年を手込めにしてしまったので御座います。 何も知らない少年は、身体を突かれればあうっと啼き、息も絶え絶えにその身を捧げてしまったのでした。 『先生、どうしてこの様な事を?』 身体を繋げたまま、涙を滲ませ訴える少年に『一目見た時から犯したいと想っていたのさ』 ノウノウ云って退ける彼氏で御座いました。 それから少年を犯し続ける事幾年月。 少年の身体は彼氏無くしては、巧く機能しない程に仕込まれておりました。 定期的に逢い引きをせずには居られない身体…。 全ては彼氏の思惑通り。
「他のヒトにもこの様に為さっているのか」 燃え上がる情事の後、春日青年は複雑な面持ちで傍らに横たわる彼氏に問いますと「どうしてそう想う」 彼氏は吹かした煙草を灰皿に押し付け、春日青年の肌を吸う。 「だ…って……、貴方は慣れているじゃないですか」 放って置いても色男、情事の相手は事欠かない。 こんな手の掛かる財閥のボンボンを相手にするには。ちょいとリスクが有りすぎる。 「慣れてる、ねぇ。まあ、御前よりは長く生きている分経験は有るさ」 当然だろうと想うけれど、やはり心境は複雑怪奇。 いや惚れた男には自分だけと、想わせたい乙女の様には成りたくないけれど。 「けど、今はもう御前だけだよ」 サラリと云ったその言葉、本当かと聞き返す前にグュッと突かれて言葉を発する術を奪われたのでした。
高等学校時代から、春日青年は見目麗しく品性方向成績優秀の優等生。 特に教師を志すつもりも無く、単位の為にと教職実習を選んだ一葉青年。春日青年を一目で見初め、その華をを手折る時期は何時か何時かと待ち侘びておりました。 『この様な処で、どうなさったのですか?』 何も知らない無垢な春日青年は、今日で実習が終わるという一葉青年を見上げて問うたそうです。 『こうするんだよ』 無理矢理押し倒して手を縛り付ければ彼氏は怖ろしさに打ち震え、その余りの可愛らしさに一葉青年は優しく囁くのです。 『俺だけしか反応しない身体にしてあげる』 ビクリと身体を震わせ逃げを乞おうが知った事では無く、あんあんと云う嬌声を浴びて彼氏は喜びを感じてしまうのでした。 それから理由を付けては彼氏を連れ込み、無理矢理犯し、その身体を宣言通り自分以外受け付けない身体にし、女すら抱けない身体に仕込んだのです。 大財閥の嫡子を傷物にしただけでは飽きたらず、自分無しでは生きられない様に仕向けてしまった罰は計り知れず。 彼氏を組み敷き喘がしながら、天国には行けないだろうと自嘲する一葉青年で御座いました。
「イチヨウさん?どうかなさったの?」 「いや、どうもしていないよ。ただ、想い出していただけさ」 身体を繋げたままでとは随分無粋と、春日青年は眉を寄せますが怒るなよと彼氏は苦笑い。 「御前を初めて犯した事を想い出したのさ」 「え?…んぁっ……」 「なあ、俺は御前だけは放さないからな」 激しく突きながら一葉青年は彼氏と手を強く結び、口吻を交わし合う。 「一緒に地獄へ堕ちてくれるか」 今日も何度目か解らない最後の時に囁けば彼氏はゆっくり頷いて、ポロリと涙を流すので御座います。
「すっかり惚れているのね、彼に」 場所は不知火座敷席。 一葉青年の膝で眠るは最愛の春日青年。 「当たり前だろう。此奴を落とす為に、俺は強姦という無体まで働いているのだからな」 マッと口を押さえるみちる嬢、彼氏は不敵に笑って眠る春日青年の髪を一撫で。 「此奴には手を出すなよ。此は俺のだ」 客と自分、共々見張れと促せば「アタクシを疑うのは御門違いだわ。見向きもされないでしょうに」 「迫ってしまえば、此奴は礼儀でも抱くだろうよ?それでも許さないからな」 随分失礼な言い方をすると彼女は苦笑しながら彼の人に視線を落とし、「そんな事、致しませんわ」
『人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られる』
昔からそう云うでしょうに。
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