かしゃり、と まるで映画のスライドが切り替わるかのように目が覚めた。 一瞬、自分の存在しているここが何処なのか判らず、俺は2、3度目をしばたかせる。 だが、不思議なことにその瞬間が俺にはひどく幸せに思えた。記憶が混迷し、目覚める前後のことを何も覚えていないこの状況が、何故だか妙に愛しく思える。 けれどそんな感情も、今自分の置かれているこの状態が喜ぶべきものではないということが頭の片隅に認識されているからこそ、そう思えたのかもしれない。
…ああ、思い出した。
全てを思い出した瞬間、一気に胸のあたりに黒く渦巻いているものが広がっていく。それは、まっさらな水に黒いインクが底から沸きあがってくるような、そんな不穏なものに近いかもしれない。もしくは、綺麗だと思っていた海の中から真っ黒のヘドロが浮かびあがってくるようなものだろうか。それがゆっくりと指先まで浸透していく。不快な渦。 俺はベッドに横たわったまま、ゆっくりと視線を辺りに向けた。物置小屋か倉庫のようなうちっぱなしのコンクリートの壁でできたワンルームの部屋に、いまは俺しかいない。電灯が浩々とつけられているのは、この部屋には窓が一つもなく、外からの光が全く入ってこないせいだ。時計などない為今が昼か夜か判別がつかないのだが、ほんの少し部屋が暖かいと感じることと、この部屋に『彼』がいない故に、それが昼…しかも正午を過ぎたところであるという推測はできた。 俺はゆっくりとベッドから起きあがると拍子にはらりと胸にかかっていたシーツがめくれた。立ち上がるとシーツは俺の体がら滑り落る。その瞬間、どろりとした何かが俺の奥から流れ出て、剥き出しの太腿に伝う。 「あ」 思わず、それを拭き取ろうと反射的にベッドの脇に置いてあるテッシュに手を伸ばした。…が。 「う…」 ずきりとした痛みが下肢の芯を襲い、俺の動きを止めさせる。思わず息をつめ眉をひそめたが、いつもの要領でゆっくりと息を吐き出す。 ゆるゆると去っていく痛みを待ちながら、今度は落着いた動作でテッシュを取った。双丘の間から太腿に掛けて戦を描いているであろう白いものを拭うと、所々錆びて腐っている鉄のゴミ箱に捨てた。 昨日はあれからすぐに寝入ってしまい、何の後処理もしなかったことを思い出す。伸び放題になっている前髪をかきあげて、俺はバスルームに向かった。 トイレとユニットになっているバスルームには、バスタブがない。昔は存在していたのであろう跡だけが残っているだけで、剥き出しになっているシャワーと、それを区切るように薄いカーテンがひかれてあるだけに過ぎなかった。 俺はカーテンを引き、シャワーのコックを捻る。盛大に体を打ちつけてくる湯を浴びながら、俺はそっと自分の秘部に指をあてがった。 昨日の名残が残っているそこは、性急は行為の為に切れており、少しの痛みを感じたが自分自信の指でさえ容易に受け入れる。 中のものを掻き出すように指を動かすと、シャワーの音に混じって、くちゅりと卑猥な音が耳に届いた。と同時に自分の中心からどろりとした異物が流れ出るのがわかる。シャワーのヘッド部分をそこまで延ばし、全てを洗い流した。 ひとしきり洗い流してしまうと、コックを捻りシャワーを止める。トイレの上にある棚に仕舞われているタオルで適当に体を拭うとバスルームを出ていった。この部屋には俺の服など一着もなく、だからバスルームから出たとしても着るものもなければその必要もない。どうせ外には決して出ることはできないし、どういうわけか、この部屋は空調管理だけは完璧になされていて気温は素肌でさえいつも適温だ。湯冷めもしない。 それに、どうせ服があったとしてもここの『彼』が帰ってくればすぐにそれを脱がしてしまう。そうなれば着る脱ぐの二度手間だ。面倒臭い。 俺はこの部屋唯一の電化製品である冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一口飲んだ。 湯で暖まった体に流れ込む冷えた水は心地よい。タオルで髪を拭いながら、もう一度ミネラルウォーターを口に運んだ。 だが、髪を乾かし、喉を潤わせてしまうと後は何もすることはない。この部屋には娯楽品が一切ないどころかキッチンすらない。あるのはパイプでできた大きめのベッドとミネラルウォーターしか入っていない冷蔵庫だけだ。 俺はベッドに横たわると目を閉じた。何もすることがないのであれば、することは一つしかない。あとはただ寝て、『彼』がこの部屋に帰ってくるのを待つだけだ。 こんな生活をはじめて一体どれくらいになるのだろう…? 長いようで短いと感じるのは、外の変化がわからないという以上に、俺の体内時計がすっかり狂ってしまったということなのだろうか…? 俺は笑う。 この生活がはじまり、過ぎ行く時間を数えなくなったのはいつの頃だろう。最初はそれだけが生きていく唯一の糧であるかのように必死で時を数えていた。1秒1秒飲みこむように、60まで数えて1分。それを60回繰り返して1時間、そんな風に。だが、それですら忘れてしまうほど、この部屋にいる時間が長くなってしまったということなのだろうか。 それとも…。 もう一度俺は笑う。 そんなことはもうどうでもいい。どうせ全てがどうでも良くなるのだ。 俺は肩の力を抜いた。そしてゆっくりと息をはく。 すると、それだけで睡魔はとろとろと俺を闇に落としていく。 この部屋定番のバックグラウンドミュージックとなった換気扇の音を聞きながら、次第に薄れていく意識を感じて、ゆっくりとそれに身をまかせた。
※ ※
「よう、ハルミ」 地下シェルター跡に作られた、やや時代錯誤ともいえるダーツバーのカウンターで一人ウォッカを煽っていた俺に、この店で知り合い、馴染みとなった永瀬が声をかけてきた。 「おう」 それだけを答え、俺はグラスを舐める。幾分か強いアルコールに喉が焼ける感覚を覚えて眉を寄せた。 適度に賑わっている店内には、俺とそう変わらない年格好の青年たちが酒を汲み交わしながらゲームに夢中になっている。それを横目に永瀬は俺の隣に座った。そして 「俺もコレと同じものを頂戴」 バーテンにそう言うとにやり、と俺に笑いかける。 「珍しいもん飲んでんじゃん」 「ほっとけ。俺の勝手だろ」 俺は永瀬から視線を外してそう言った。 見ずとも、永瀬が肩をすくめたのがわかった。
進化しすぎた世界が下した結論。それは、今まで培ってきた人としての文化を後退させることだった。それにより生じた混沌は、結論が下された数世紀たった今、世界の国境の存在意義を失わせる結果を生み、かつての文明は廃墟となり遺跡となった。 それが俺の住んでいる時代だ。 そんな中で俺はこのトーキョーエリアの一角で細々と運び屋をしている。 運び屋といってもその内容はさまざまで、いろんな所にいろんなものを運んでいる。俺レベルだとそう大した仕事などやってくるはずもなく、大体が小さな書類やら食物やらが主だってはいるが、その分スタンス良く仕事は回ってきて安定している。 日々は何事もなく過ぎ去り、多少の仕事上のいざこざを除けばごくごく平和な毎日だ。 俺は永瀬のたわいもない世間話に時折相槌をうちながら、何気なくふと店の入口を見た。ちょうど新しい客がドアを開けたところだったらしい。 「いらっしゃい」 カウンターのバーテンが愛想のない声で言う。その客もそれに対する感想など抱く様子もなく、店の奥へと入っていった。 俺は客を見た。 背丈は俺とそう変わらないだろう。真っ黒な短い髪にシャープで端整な顔立ちが他の客と完全に一線を画している。だが、それよりも意思の強そうな眉と目が妙に印象的な男だった。 「プロフェッサーじゃん」 俺に視線を合わせて永瀬が言う。 「知ってんの?」 「ああ、アカデミー創立以来の天才工学博士だよ」 聞き返したのは別に他意があるわけではなかった。俺にしてみればほんの世間話の一環に過ぎない、ただの問いだ。けれども、永瀬が自分で話題を振っておきながら、目を丸くする。 「何?」 「いや、ハルミが客以外の他人を気にするなんて珍しいと思ってさ」 「珍しいか?」 首をかしげると、永瀬は頭をかく。 「…まあ、別にいいけどさ」 一つ息をつくと、視線を彼に向け 「そういや、奴もカンサイ出身だとかって噂だぜ。ハルミもそうだよな?」 どこかで同じカンサイの血がわかるのかなあ、とすっとぼけたことを言う。 「何言ってんだよ。アカデミーっていったらこのアジア圏内での最高峰って言われている大学だろ。上流階級でもごく限られた階級出身の人間の中でしか入学資格が与えられないばかりか、IQもバカ高くないと入れないって噂だし。…同じカンサイでも血の種類が違うんだよ」 俺は呆れたように永瀬を見た。そうだ。せいぜい中流階級の下っ端に位置している俺とは全くかけ離れている。相手はよほどのことがない限り話すら一生しないであろう階級の人間だ。…こんな店の中であっても。 「でもさ」 永瀬は口を開く。 「奴、こっちに来るぜ」
…それが、永瀬がプロフェッサーと呼んだ男…後で彼自身が『タケル』と名乗った…との出会いでもあり、全ての始まりで終わりでもあった。
あの頃はこれっぽっちの予感もなかった。 この出会いが、タケルと俺から世界を奪うことになるなんて。 そうなるきっかけはもはやどうでもよくなって。 ただ、お互いがお互いにこの世の全てになる日がくるなんて。
歪みきったこの空間の中で生まれたものを その行く末を 一体誰が…。
…誰が想像した?
※ ※
ほんのかすかだが、ドアの開く音がして俺は目を覚ました。 ここのドアは旧文明の名残をわずかだけ残していて、やけにハイテクだ。 人間の指紋と網膜、そして声音というものはそれぞれ個人によって違い、移植しない限り、誰一人として同じものを持ってはいないという。このドアは『彼』の指紋と網膜と声音を記憶しており、その三つを判別してこそはじめて開くことができる、というシロモノだった。いわば、『彼』自身が鍵というわけだ。これならいちいち鍵を持ち歩く必要もなければ、誰かが鍵穴からこじ開けることもない。…勿論、それは内側にしてもそうだ。 俺は瞼を開けてドアに視線を向けた。『彼』が立っている。こちらに近づき跪くと、ベッドに横になったままの俺に軽く唇を合わせた。一度離れて、次は深く。 「…タケル」 キスの合間に俺は『彼』の名を呼んだ。だが、タケルは何も言わず黙ったまま口付けを続ける。 俺はタケルの名を呼ぶことを諦めて、施されるものに意識を向けた。 タケルの口からはいつも煙草のにおいがした。この部屋では滅多に煙草を吸うことのない彼だが、昼間にでも大学の研究所ででも吸っているのだろうか。外から帰ったあとのタケルの舌はどこかいつも少し苦い。 だが…。 何度も何度も角度を変え、唇を合わせ舌をからませながらタケルは俺に掛かっていたシーツをベッドから乱暴に剥ぎ落とし、俺の上に乗り上げる。 タケルの重み。慣れた体臭。 「ハルミ…」 タケルが俺の名を呼ぶ。俺はタケルの首に腕を巻きつけた。 そして、もう一度キス。 タケルのキスは優しい。それは始めからそうだった。 運び屋の仕事の依頼だとこの部屋に連れこまれ、不意打ち同然で監禁された。その上、それを認識する前に無理矢理強姦され…タケルにはじめて貫かれた時も、行為は乱暴で性急で粗野だったのにかかわらず、キスだけは優しかったのだ。
…本当に優しかったのだ。
俺は舌を差し出す。すると、タケルは前歯でそれを甘噛してくる。舌で舌を舐め、唾液が口腔を伝った。それをまた舐め、唇はうなじに落ちる。その間、俺はタケルのシャツのボタンを外していく。 ズボンからシャツをめくり、最後のボタンに手をかけたところでタケルの唇が俺の胸に差しかかった。とっくに固くなった突起を含まれ、もうひとつを指で抓まれると、ぞくりと肌が粟立った。手の動きが止まる。 「やめんなや」 トウキョウエリアに来てさえカンサイの言葉が抜けないタケルは顔を上げ、甘い声で俺に命令する。その言葉通り手を進めた俺に、また同じ場所をいじりはじめた。 全てのボタンを外し終わると、そっと上着を脱がせる。 タケルはいつもシャツ一枚で外出する。仮にもアジア最高峰と謳われるアカデミーの研究員がそれでいいのかと問うた時、タケルは口端を上げて笑うと、アカデミーとはいっても、所詮はただの大学なのだから、みんなラフな格好をしていると答えた。 俺は剥き出しになったタケルの上半身を撫でていく。肩から胸へ、胸の飾りを通りすぎ、腹へ、臍に。そしてまた同じルートをたどって上がっていく。汗っかきのタケルはもうすでにほんのりと汗をかいており、肌の湿った感触が掌に残った。 と、突然俺の腕をタケルが握った。顔を上げ、に、と笑みを作るとひっぱり起こす。 「タケル?」 そして、起きあがった俺とは反対に、俺の腕を掴んだままタケルは仰向けにベッドへと横たわった。 空いた手で、ズボンを履いたままの自分の下肢を指す。 「ほら、脱がせてや」 俺はただ頷くと、タケルのズボンに手をかけた。ボタンを外し、ズボンと一緒に下着を脱がせる。 最近、タケルは俺によく奉公をさせたがる。今でもそうだ。俺が衣服を脱がせるに身を任せて、自分のその間何もしない。 まるで、俺の中にある何かを試すように。 俺はまずタケルの膝までズボンを下ろすと、今度は足を折らせ、右足から脱がしていく。それが終わると左足。最後に足首にまとまらせて、やっと全部が終わった。相手の協力がないと、意外とこの作業には時間と腕力がいる。一番始めにこれをやらされた時はそれだけで息が切れてしまうほどだった。馴れた今でさえ、終わった後は少し息を整えなければいけない。 「エエ子やな」 そう言うと、タケルは身を起こして俺の頭を撫でた。彼の指が俺の髪をかき分け掬う。そして、そのまま、ぐい、と自分の股間へ押し付けた。 「これも、舐められるやろ?」 俺は言われるままに、その部分へと唇を寄せた。まだ何の変化もおきてないそこは、それでも自分のものと比べられないほど大きい。 茂みをかき分け手を添えて握ると、俺は先端を含んだ。脈うつそれを口内で感じ、舌先を使ってゆっくりと舐め上げる。それから喉まで届きそうなほど深く頬張り、唇をすぼめて吸うと、脈が速くなり、柔らかかったそこから芯ができはじめた。 何度も何度も頭を上下に揺らしながら、時には先端のくぼみを舌のざらざらした所を遣って這わせ、手て袋を握ると 「う…」 タケルがうめいた。どんどん、固く膨らんでいく。 どれくらいそうしていただろうか。俺が顔を上げると、タケルのそこはすっかり勃ちあたって、腹から垂直に天へと向かっていた。良く見ると、そこからは透明な液体が溢れはじめている。それが段々と質量を増し、茎へと伝っていく。 無意識に舌を近づけ舐めた。独特の味が口内に広がる。 口を上下させる動きを早くし、少し歯をたてた。すると、俺の頭に手を添えていただけのタケルの指が髪を掻き毟る。だが、それでも俺は行為をやめない。くちゅくちゅと音がたち、唾液が茎に線をひいた。それを眺めながら、茂みを撫でる。タケルの髪と同じ、黒くて固くて少しだけ癖がある、でもどこか心地よい肌触りの彼の茂み。 「う、」 タケルがもう一度うめいた。来る、と思った。身構えた次の瞬間、口の奥で何かがはじける。 独特の精液の匂いが舌と喉にたきつけられ、俺はそのまま飲みこむ。 しょっぱくて、それだけじゃなくて…苦くて。 俺が顔を上げるとタケルはふう、と息を吐いた。胸は上下に揺れ、その顔は赤い。 それからタケルは俺の頬を手のひらで包み、親指で口端にあるかすかに飲み逃した白い雫をぬぐった。目が合う。交差する。 どちらかともなく、唇が合わさった。腕の中に導かれ、貪り合う。体を反転させられ、腕を俺の腹に回し、尻を高く上げさせられた。 俺はシーツに顔を埋めた。だが、それでもタケルが体の一番奥をじっと見つめているのがわかる。おもむろに舌を這わせてきた。 「…っつ」 舌先で奥底をつつかれ、舐められると甘い疼きが腰へと伝わる。ふんばる足の力が抜けていくのを感じて、俺はシーツを握りしめた。 「ここ、切れてんな」 タケルがそう言うと、1箇所に舌を突き出した。途端に甘い痛みが痺れと共に脊髄へと伝わってくる。背が震えた。 タケルの空いたもう一つの手は、俺の前へと伸びており、しきりにそこをしごいては爪の先で軽く引っかいてくる。 「あ、ああ、あっ」 知らず、腰が動く。もうすっかり舌だけでは物足りなくて、高く尻を突き出した。 もっと、もっと欲しい。 「どうしたんや?」 後から熱い息を零しながらも笑みを含んだタケルの声に、もう息を整えることもできない。 「ほら、言うてみ?」 ぎゅ、と前を掴まれ、その圧迫感に息をつめた。するり、と俺の中に指が滑りこむ。 「うぁ…」 突然の刺激に歯をくいしばった。だけど、その先を知ってしまっている体は、まだまだ全然足らないと悲鳴を上げている。 「言ってみんんと、俺はわからへんで?」 タケルはそう言うと、くい、と内壁を指腹でこすりつけてきた。すばやい動きで指を増やされ、お互いに違う動きをさせはじめる。 濡れそぼってきたそこから、くちゅくちゅという音が耳へと届いた。 「な?」 甘く俺の耳元で囁いた瞬間、ある一点をくい、とこすられる。 「ひっ…」 一番いい所を刺激され、一気に鳥肌がたった。快感が脳天を翔ける。思わず背が伸びる。腰がはねた。 「言うてみ?」 タケルの声は甘美な誘惑の響きをもって、俺をゆさぶる。 「な?ハルミ」 低くて深い、悪魔の囁き。 「俺にどうしてほしい?」 耳元に熱い息をふきかけて。 それだけでもう、俺は我慢ができなかった。
「入れて。タケルのものを、俺の中に入れて」
言った瞬間、指が抜かれた。ずん、と固いものが一気に中へ押しこまれる。 「あ、あああ…ア」 あまりの圧迫感にこめかみに痛みが走る。目の前が赤くなった。 ずぶずぶと征服してくるのは、ただそれだけで俺の中をぴったりと満たしていく。前に切れた所がもう一度裂けたのが分った。だが、それでもかまわない。 …むしろ…。 「んぁ…」 知らず鼻にかかった声が出る。すると、それに反応してかタケルの動きも次第に速くなっていった。 何度も何度も何度も、突き上げ、落としていく。 もう一度、身体を反転させて今度は正常位へ。お互い向き合い、舌を絡ませてもう一度。そして、俺がタケルの上にのり、腰をふるう。 何度も何度も何度も 俺たちは身体を重ね合う。 何度も何度も何度も より深く、強く、激しく。
「あ、ぁぁぁあ。あああ」 俺は奇声をあげた。それがもやは喘ぎとは別物に変わっているかもしれないと思うほど、高く、そして絶え間なく。 もっと、深く。強く。激しく。 「ああ、タケ、ル。イイ、もっと…」 何度イキ、イカされ、イカし、それでもまだまだ全然足りない。 「もっと、お、奥まで、おくまで、ついて…」 タケルの腰の動きに合わせるようにして俺も腰を動かし、 「イイ、もっと、もっと奥。おくに…」 すでに、自分では何を言っているかわからないほど、俺たちは行為に夢中になる。 「イタイ、いたい、痛い。…気持ちいい。だから、もっと」 何度も何度も何度も何度も深く。
奥まで入れて、痛くして…。
始めは。 そう、始めは想像もつかなかった。 痛みがこんなにも快楽を呼ぶのだとういうことを。 監禁され、俺の価値がセックスだけになった今、それが俺の悦びに変化していることも。 そして、そして…
人間は、過剰なストレスが溜まるとそれによる身体への悪影響を回避するために、無理矢理にでもそのストレスから逃避させるのだという。ストレスの原因になるものをマイナスの思考にとらせず、プラスの方向へ持って行こうとし、今まで苦痛だったものを快楽へと変化させるのだ。それによって、自分の置かれている状況が異常ではなく、正常なのだと錯覚させて、ストレスをストレスとして捕らえなくなるという。 もし、それがこの身にも起こっているのだとしたら?
この、痛みの悦びも、セックスの快楽もすべて、ただの逃避なのだろうか。 この、不自由な生活を強いているそもそもの発端のタケルを この世で憎んでも憎んでも、憎み足りなかったタケルを、 いつの間にか 愛してしまったことも…?
答えはわからない。 きっと、これからもずっとわからないのだろう。 そして、わからないまま狂っていくのだ。 タケルもまた、俺と共に…。
世界をなくしてしまった後には、ただ単純な色だけが残る。 複雑な色は必要ではなく、本能の部分の。…もしかしたらまだ人間が理性を得る前の時代へと戻っていくのかもしれない。
俺とタケルの、たった二人きりの狂った世界に残った単純な色。 それは、清潔な白。ただ、それだけだ。
…そう、ただ、それだけの世界なのだ。
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