――俺は世間的に見て可愛いらしい。
こんな事を言っていたら自意識過剰とか思われてしまいそうだけど、まぁ、聞いてくれ。 俺は小学校、中学校と、勿論というか当たり前の如く共学だったのが、 高校を受験する時に男子校に入る羽目になった。 健全な一男子として、高校生といういかにも此れからが花という時に、 男子校に入るとかいうのには、少し…いやかなり抵抗があった。 其れでも其処以外に行ける所がなく、渋々といった感じで其処に入学したのだ。 だが、 入学して一週間でこの学校にはモーホが多いということに気付き、 二週間目に呼び出されて告白され…(男に) 一ヶ月後には、校内で襲われかけ…(男に) 其処まで来てやっと俺は上の結論に達した。
俺は、可愛いらしい、と。
「や、其れもあるんだけど…何か、雰囲気もあるんだよ、向山の場合さ。」 俺が入学して一番に出来た友人、木村に熱弁ふるって俺の結論を述べれば、そんな言葉が返って来た。 木村は地毛だと言い張ってる金髪がとても似合う、今時のカッコいい感じな男だ。 決して低くない俺の背も軽く越すぐらいの身長で、いつも見上げて話さなければならないのは難点だけど、 性格は温厚でいつもニコニコと笑顔を絶やす事なく、怒る事もない。 俺の愚痴も何も言わず聞いてくれるし…とにかくとてもイイ奴なのだ。 珍しく木村が俺の愚痴に口を挟んできたので、更に問おうとすれば時計を指差される。 其処ではっとして、口を閉ざすと当初の目的を思い出す。 忘れてた…何の為にこうして一緒に残って貰ってんだか…。 「悪ィ、じゃ、ちょっと行ってくるわ。」 相変わらずニコニコと笑いながら手を振る木村にむかって、そう言葉を残し、 目的を果たす為に俺は教室を出て行った。
校舎の裏側は北に位置している為か、日中も暗く、夏も涼しいというような場所だ。 だからからか、サボりや、告白を目的とした生徒が此処へと足を向けるのだ。 俺も、出来れば前者を目的として此処に来たかった…。 だが俺は後者を目的として此処に来ている。 断っておくけど、決して告白する、方じゃあない…。される方だ。…本人かなり不本意だけどな。
やってきてみれば、もう相手の方は先に来ていたみたいだ。 でも、謝りはしないぞ。 別に遅刻じゃなく、相手が早いだけなんだし。 まぁ、遅刻であっても、誤らないとは思うけど。 だって、今から告白されるんだぞ?男に。 しかもコイツには入学してから何度も告白され続けていて、いい加減ウンザリしている。 柔道部主将だかなんだかしらないが、体型も暑苦しい事ながら、顔も暑苦しい。 いかにも体育会系って所が気に入らない。 「向山、いい加減付き合ってくれても良いんじゃないか?」 名前も覚える気しなくて、主将、という呼び方で俺が呼んでいるヤツは、 俺が足を止めた途端にそう話を切り出した。 いい加減と言われても、俺は何回も何回も断ったハズだぞ。 ウンザリしている、という表情をあからさまにしながらため息を吐いて言葉を紡ぐ。 「アンタこそいい加減にしろ。趣味じゃない、と何度言ったら分かるんだ。」 あ、趣味じゃないじゃなくて、そういう趣味はない、だった。 まぁ、そこら辺はあんま相手も気にしないだろう。 だって例えそういう趣味があっても俺はアンタなんかは絶対に選ばないだろうしな。 選ぶなら、木村。絶対木村。カッコイイし、性格もイイし。 とか、変な事を考え込んでいて、主将が傍まで近付いているのに気付けなかった。 気付いた時には、後の祭り、ちゅーか、後悔先に立たず? 「向山君!好きだッ!」 大声で叫ばんでも、そりゃ何回も聞いてるから知ってます なんてツッコむスキも与えず、ヤツは俺を押し倒しやがった。 ちなみに この校舎裏、草もマトモに生えてなくって、石とかガラスの破片とか転がってて 裸足ではかなり危ない場所である。 それに地面には羽毛の詰まった布団、とか、体育によくつかわれるマットレスとか、敷いてある訳もなく。 つまりその剥き出しの地面に俺は押し倒された訳で…。
「…イッテェッ!!」
俺がこんな叫び声を上げるのも当然。背中とか後頭部の痛みに悶えるのも当たり前。 上に乗っかってる方としてはイイかもしれねぇけど、下はキツイんだ! そんな恨みを込めて涙を目尻に溜めたまま上の相手を睨みあげる。 が、 其れは、すでに興奮していた相手を更に興奮させるというかなりな逆効果となってしまったらしく、 かなり息荒くした主将が俺に被さってくる。 ビビッ …な、何かスッゲ嫌な音が… 恐る恐る自分の服へと視線を向ける。 ―Yシャツのボタンが飛んでますがな、奥さん。 夏用の半袖シャツの下にはTシャツも着ていたのだが其れもあっけなく破られる。 ば、馬鹿力…! さすが柔道部主将、とか思ってる間にも主将はその剥き出しの肌を見て興奮を極めていた。 ハァハァと荒い息がやけに耳に響いて 肌に手を置かれた瞬間、鳥肌が全身に立った気がした。 ヤバイ 本能的にそう感じて、がむしゃらに腕や足を振り回すが、やはり力は相手の方が上。 あっけなく腕は掴まれ(しかも片手で)足は股の間に相手の身体が入り込んで上手く抵抗できない。 此処まで来て、俺は青ざめた。血の気が顔から引いていく音が、耳の奥で聞こえる。 俺はこんなヤツに犯されてロストバージンするのか…。 そう思って少し悲壮とか感じていれば、ヤツの唇が俺の肌に…。
「ギャーッ!」 「向山ッ!」
俺の悲痛な叫び声と共に呼んだ声は今俺を襲っているコイツのものじゃない。 じゃあ誰だ?どこかで聞いた声だけど…。 主将も驚いたような表情を浮かべながら辺りを見渡している。 ふと主将が俺の頭の真上の部分で視線を止めて青ざめたような顔つきになった。 其れを追うように俺も顔を上に向ければ、 其処には必死の形相で走ってくる俺の一番目の友人、木村の姿があった。 「き、木村ッ!」 髪!…じゃなくて神! いつもは怖い金髪も、何だか今日は輝いて見える! 思わず嬉し涙がホロリ…とか冗談を思っていたら、本当にホロリしてしまった。 そんな俺を見た木村の目が細められ、一瞬するどくなった気がした。 と同時に、主将の腹に、木村のモデル並に長い足の先が、物凄い音を立てつつ綺麗に埋まる。 呻きながら俺の上から姿を消し、転がっていく主将。 しかも転がり終えるとピタリと動かなくなってしまった。 …い、生きてんだろか…スッゲェ音したしな…。 何だか少し可哀想になってきて、じいと主将を見詰めていれば、其れを遮るように手が差し出された。 木村だ。 「大丈夫?」 少し心配そうに聞く木村に笑いかけながら大丈夫だ、と返事をして手を掴む。 そのまま其処へと重心をかけながら立ち上がれば尻とかの砂を払っておく。 うわ、髪の毛にまで砂付いてやがる…。 「…もう、掘られた?」 頭をワシャワシャしていた俺は、一瞬動きを止める。 目の前の人物の言った事が信じられなかったので、かなり瞠目する。 多分呆けたような表情もしていたのだろうと思う。 木村は、下ネタとか言うような奴じゃなくて、そういう話題からは一番離れてそうな奴だ。 そんな木村からこんな言葉が…?! 衝撃を受けたようなショックで言葉を失ってしまう。 「お、おま…」 「チャック、開いてる。」 俺が言い終わらぬうちにそう木村は声を掛ける。 驚いて下を向けば、確かに全開。しかもベルトも開いてる…ということはさっきの… 其処まで思い至って俺はまたも血の気が引く。
そして絶叫。
其れを見ていた木村は可笑しそうに笑いながら俺に近付いてきて、 ズボンのチャックを閉め、ベルトまでも締めてくれた。 「さ、さんきゅ…。」 何だか少し照れくさくて頭をかきながらそう言うも、何だか木村の視線が一点で静止している。 何だろう、と思って俺も其処に視線を向ければ…
赤い点
丁度鎖骨の辺りに、充血したような赤い点があった。 …此れは、つまり……き、きすまーく?ち、ちゅう印とか言うやつですか? 先生…蚊だと言って下さい! むしろダニでもOKです!
木村はそんな半ば放心状態の俺の顔をちらりと窺う様に見てから 屈んでいた腰を更に屈めて、其処に顔を近づけた。
肌にかかる息が何だかくすぐったくて思わず目を細める。 髪の毛も、肌に当たってくすぐったい… 木村は一度其処に軽くチュ、と音を立てて口付けを落とし、 次いでその部分をキツく吸い上げ、其れの上に新しいキスマークを付けた。
―またも俺の思考は停止した。 頭の中は真っ白で、今、木村の取った行動が何かすら分からなくなっている。 暫くすれば木村は其処から顔を離して体勢を元に戻すよう身体を起こしていた。 その間も俺は放心状態で。 木村はニヤリ、と口の端を上げて笑うと、呆然としている俺の口に触れるだけの口付けを落としてきて…。 其処までくればさすがの俺も気を取り戻して、先程までの行動が頭を駆け巡る。 顔の血行が一気に早くなり始めた。
「な、な、何す」 「俺、帰国子女でハーフなの。」 何するんだ、という俺の言葉が言い終わらぬうちに、木村はそう告げた。 あぁ、成る程。 俺は妙に納得して何度も深い頷きを繰り返してしまった。 其れで足は長いは、背は高いは、金髪は似合うわ、なんだな? 成る程な~。 其れはキスには通じても、キスマークを付けた事には通じない理由だったのだけれど。 というか、キスにも通じないような曖昧な理由だったのだけれど。 馬鹿な俺は其れで何もかもに合点がいった。
ふと、木村の顔を見ていて思い出す。 そういえば、今日帰り、食べに行く約束をしていたからこそ、こうやって木村は此処にいるだと。 其処まで思い出してから慌てて走り出す。 木村が何処行くんだと言うから、教室に鞄取りに、とだけ答えておく。 何故か止められたけれど、其れを振り払って走った。 そしてその場から2,3mほど離れた所で
「アレは俺の獲物なんだからな。手ェ出すんじゃねェよ。」
と、何だかやけにドスのきいた低い、唸るような声が聞こえ思わず振り返る。 だけど、其処にはニコニコ笑いながら手を振っている木村と、 転がっていたハズが起き上がって何だか青ざめている主将の姿しかなかった。 木村、な訳ないよな…じゃあ主将…? そう思って主将に視線を移すも、機敏な動きで立ち上がるとかなりの速さで走って其処かに消えていった。 な、何だったんだ…俺とは関係ないのか? 首を傾げてみるも分かる訳がなく、そのまま踵返して、もう一度教室へと向った。
今日は何食べに行くかな~。 助けてもらったんだから、木村には何か奢ってやんねぇと…。 お先真っ暗だった高校生活だけど、こうしてイイ友人を持つのは、悪くない。 そう思えば自然と頬が緩んでいった。 服が破けている事もすっかり忘れ、上機嫌で友人と自分の鞄を手に持つ。
その友人が一番危険なのだと、気付くのはまだまだまだまだ後の話で、 とりあえず俺の頭には今日の夕飯の事しかなかった。
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