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 (ほのぼの/--)
オーロラ


 なんでもないはずの風景なのに何故か涙が出そうになったのは隣りに彼がいたからなんだろうか。
悲しいわけでも嬉しいわけでもない。その涙の、感情の意味を知るには俺はまだ若すぎる。
だけど、

今この瞬間ならば祈りは全て神様に届くと思えた。

・ ・・普段神様なんて信じてないくせに。



 「アラスカ行こうぜ。」
「やだよ。大体どこにそんな金がある?」
「貯める。」
「ムリだね。」
「オマエさぁ、夢ないよな。」
「夢じゃハラは膨れないよ。」
「夢見ろよ~。」
「アンタが夢見すぎ。」

 大体俺達はいつもこんなかんじだった。
まわりの友達なんかはよく俺達の会話を聞いて『・・・漫才?』とか言うけれど、決してウケを狙っているわけでも、もちろん仲が悪いわけでもない。
仲が悪くて一緒に住めるわけもないし、三年も続くわけもない。
友達で、恋人で???????それ以上???
俺達の関係を何て表現したら分からない。でも、これが大体普段の俺達なのだった。
「何しに行くつもりだよアラスカなんて。」
しかし、俺は言われる通り『夢のないヤツ』で、自分でもそんな超現実的な自分に嫌気がさしたりすることがある。夢見すぎな彼に苛立つこともあるけれど、たまに羨ましくなったりもする。人間なんて勝手なモンで。
そして、今この瞬間正に自分のその性格に嫌気がさした所で、俺は彼に申し訳ないような気分になってしまい、微笑みながら彼に問い掛けてみた。返答次第では本当に貯金を始めてもいいような気分だった。
「あ?決まってんじゃん。オーロラ見に行くんだよ。」
・ ・・・何でそんなことが決まってんだよ・・・・・。
やっぱり貯金は止めることにして俺は溜息をつきながら彼に背を向け、食器を片付け始める。
「・・・・一人で行って。」
「めっちゃキレイなんだぞ~オーロラ。」
そう言うと彼はオーロラがどんだけ素晴らしいかをツアーガイドの様に説明し始めた。彼は海外旅行をしたことがない。もちろんアラスカなんて行ったこともないし、オーロラだって生で見たことがあるわけない。なのに行って見てきたような口振りだった。
そんな彼がアホでかわいいんだけど。
「アンタ、見たことあるわけ・・・・・?」
「写真で。」
「それなら俺だってあるよ。」
「じゃ、ホンモノ見に行こうぜ。」
「ムリ。金ない。バイト休めない。」
「オマエ、もう少し夢見ろよな~。」
夢見すぎの彼。一緒にいる俺まで夢見がちなヤツだったら収拾つかないだろ!!
ほんと、自分のこういう性格が嫌になったりすることもあるけど、俺はこれでいい。俺がこうだから、彼がああいう性格だから、俺達は一緒にいることができるんだから。
俺は食器を片付ける手を止め、ベットにもたれて座っている彼の隣りに腰掛けた。いつもの俺のポジション。彼の隣りが俺の居場所。肩にもたれて目を閉じると、ほんとに、一緒にオーロラを見に行きたくなった。
いや、オーロラじゃなくてもいい。どこでもいい。何でもいいんだけど、彼と同じものを見て、同じことを感じたい。
いっつも、一人でいる時に思うこと。一人でいる時に綺麗な風景とかを目にすると、『彼にも見せたい。』と思う。一緒に見たいと思う。一人でいる時、嫌な光景を目にすると『彼がいればよかったのに。少しはマシな気分になれたのに。』と思う。いつでも一緒にいたい同じものを一緒に見たい同じことを感じたい。
・・・・・そんなの、ムリな話しで、そんなこと言ったら彼が『超現実主義者のオマエらしからぬ発言』と言って笑うのは目に見えてるから、言わないけど。
でも、きっと、彼は俺がそんなことを思っていることに気付いている。
夢見がちな人間だからこそ、人の抱く夢には敏感だ。
目を閉じた俺に、彼は優しくキスをする。
そうだ、一つだけある。
同じ事を感じられる時が。同じところに行けることが。
日曜日の昼間っから、何やってるんだろう?と笑う自分の中の現実主義者を殺し、俺は彼の優しいキスに舌を絡め、激しいキスで返してその先を促した。



 騒々しい物音に目を覚ますと、彼が慌ててシャツを着ている所だった。
目を覚ました俺に気付いた彼は、
「オマエも早く服着ろよ。」
とシャツを投げて寄越す。
「何・・・・・?どこ行くの・・・・?」
恐ろしくだるいし、涙を流したせいで目がしっかり開かない。誰も見ていないし誰も何も気付かないとは思うけれど、まだ、身体の内部に彼の気配を残したまま外出するのは、なんだか後ろめたいというか・・・街行く人々に、俺達がしてたこと全てが、俺の顔や身体から見透かされてしまうんじゃないか。なんて気がする。
「何って、オーロラ見に行くんだよ。」
「はぁ?」
俺に満面の笑みを向けながら彼はジーンズに足を通した。



 彼に手を引かれ、辿り着いたのは当然アラスカではなかった。
アパートから徒歩15分でアラスカに辿り着けるわけもない。
「な?オーロラだろ?」
誇らしげな表情は赤く染まっている。
そこは、近所のマンションの屋上。なんでこんな所を知っているのか謎だったけれど、散歩が趣味で目を離すとふらりとどこかに出掛けてしまう彼のことだから、そんな時に偶然見付けんだろう。
こうしてたまに彼に連れて来られる場所は、いっつもなんだか不思議な場所だったけれど、ハズレは一度もなかった。
「うわ~・・・ほんとだ。」
屋上と言ってもイナカ街のことだから12階建てのマンション。それでもこの街では一番高い建物だ。
低い家並みを見下ろす、その先。バラ色に染まった空には雲と光の加減なんだろう。確かに紅色のオーロラがあった。
偶然、帰り道なんかにそんな空を見ることもあったけれど、それを『オーロラ』なんて思ったことはなかった。
でも、今目にしてるこの光景は、確かにアラスカに行って見るそれに引けを取らないだろう。そんなことを思ってしまうのはやっぱり隣りに彼がいるからなのか?

遠くから豆腐屋のラッパの音が聞こえてくる。
遠くの鉄橋を走る電車の音。
マンションの駐車場で遊ぶ子供の声。
もう帰りなさいと言うママさんの声。

なんだか、涙が出そうになった。
そんな俺を察したのか彼は俺の肩を引き寄せる。
「・・・貯金、しようか。アラスカ、行こう。」
「いいよ。ここに来ればいつでも見れるから。」
「そう?」
「オマエと見れれば、なんだっていいよ。」
うわ。恥ずかしいこと言ってるよ・・・・。
きっと赤くなってる。そう思って彼の顔を見上げたけれど、夕焼けが既に彼の顔を赤く染めていて、それが何のせいなのか判別がつかない。
だったら俺も同じことだ。
一度も言ったことのない、「愛してる。」を言って、俺は彼に軽くキスをする。
・・・・夕焼けが言い訳にならないくらいに赤くなった彼は、誤魔化すように話題を今日の夕飯のメニューに変えた。
「ソバ食いたいな~。」
「分かった。帰ったら茹でよう。」
「どっかで食ってこうぜ。」
「そんな金、どこにある。給料日前。」
「オマエ、夢ないよな~。」
「夢じゃハラは膨れないよ。」
そんな話しをしながら俺達は屋上を後にした。

・ ・・・大体、俺達はいつもこんな感じだった。
「普通の毎日というのは何て愛しいのでしょうか。」
...2004/4/8(木) [No.102]
松下ゆか
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