物凄く、首が重たい。
正に死んだように眠ったとはこの事だ。 妙な首の重みに目を覚まし、いつもに増して嫌な目覚めだった。 起き上がるにも起き上がれない。 自分の体力の著しい低下に、半ば恐怖を感じた。
もう慣れたはずの恐怖。 それでも時に、身を裂かれるほどの恐怖感に苛まれる時がある。
何をされても感じぬこの体。 いっその事、もう五感の全てを奪って欲しかった。
「っ……」
やっとの思いで起き上がれば、首の重たさの正体が分かる。 ジャラりと金属の擦れる音。 パイプベッドと己の首を繋ぐもの。 正体が分かり、ゾッとする。
ここまでする彼らの行動の意味が分からなかった。 逃げ出そうなど、そんな事はもうしないと言うのに。
幾度か脱出を試みた。 それでも帰ってくるのは惜し気もない暴力だけ。 何時からか、脱出など考える事すらなくなった。
「やっとお目覚めかよ」
入り口に目をやる。 面白そうに、煙草を加えたまま笑みを象る唇が、 憎い。
利は嫌悪間が背中を走るのに、肩を震わせた。 直視できず、俯く。 そんな自分が悔しかった。情けなさすぎて。
近寄る気配に、僅かに震えるだけで抵抗はもうなかった。 抵抗など、無駄だと言う事は、体がよく知っている。 それでも触れられれば、抵抗してしまうが。 それは、最後のプライド。
「何怖がってンだよ。……俺が怖いのか?」
ベッドへと腰掛け、利の顎を人差し指で支えると、 紺はさも可笑しげに目を歪めた。 そして、愛しそうに、何度も肉の削げ落ちた頬をなぞる。
「……青白い顔も、そうやって男を誘いこむんだ……」
泣きたくなる。 自分をどんなに罵られてもいい。 だけど、この手の言葉に利は滅法弱かった。 『男を垂らしこむ男』と思われるのが、一番の苦痛だった。 紺はそれを知っていて、わざと言葉を投げかけてくる。 今まで一度も、故意に望んで男と関係を持った事はない。だが事実、利は不特定多数の男との関係を持っていた。 その事実があるからこそ、深く傷つく。 同時に、自分が本当に汚い人間に思えてならない。
「ホラ、口あけな」
紺が口づける。 細い顎を無理矢理引っ張り、口を開かせると、そこへ舌を割り込ませる。
「っ。……」
抵抗という抵抗が出来ない。 それを面白がって、紺は利の手を拘束しないでいた。 力無く、抵抗をしてくる利を楽しむ為に。
「って……」
「は……」
紺が、利の顎を離し、口元を拭った。 その顔は僅かに歪んではいるものの、楽しそうだった。
「ヤってくれんじゃないの」
精一杯の抵抗。 それは、口付けを拒むことだった。 進入してきた紺の舌を、思い切り噛むことで、利はなんとか意思表示をした。
「アッ……!!」
乾いた音と共に、小さな悲鳴が響く。 紺は、薄く笑みを浮かべたまま、利の頬を叩いた手を舐めた。 挑発的なその笑みに、利は吐き気すら覚えて睨みつける。
「ごめんなさいは?」
「……だ、れが……」
二度目の乾いた音が響く。 反抗的なその目に、紺は吸い込まれるように、再び口付けを与えた。
この男は、奈落への目眩を感じさせる―――
逃げ打つ舌を絡めとり、体の力が抜けるまでその舌をいたぶり続ける。 部屋に響く、小さな水音は、互いの脳を刺激する。
「は……ッ、ぅ……」
利の喉奥から甘い声が漏れた途端、紺は唇を離す。 闇に浮かぶ二人の唾液を、舌先で絡めとりながら、利の首筋まで辿る。
「お前も、大分感じるようになってきたクセに」
「く……」
自尊心が傷つけられる。 こんな行為に感じる体になるわけが無い。 必死で唇を噛み締め、涙を堪える。 それでも紺の手は、じわり、じわりと利の急所へと迫る。 その感触に、震える自分がいる。
「やッ……」
「やっ、じゃねーよ。……好きなんだろ、触られんのが。……あ?」
両手で紺の肩を力無く押し返し、両足の間へと迫られるその手を阻むために、足を閉じる。 だがその力も紺にしてみれば何ともなく、いとも簡単に両足をこじ開けられる。
「利……素直になっとけ? お前が痛いだけだろ……?」
耳元で囁く声に、全身が泡立つ感覚を覚える。 利は、必死で首を振りながら、何度もその肩を叩いた。 足を閉じることは許さないが、紺はその手を一切拘束しようとはしない。 抵抗されればされるほど、自分が快感を覚えるのを分かっているからだ。
足を開いたままの格好は、利の羞恥心を煽る。 真赤に染められた耳元に、軽く口付けを落とすと、紺は一気に己の指を、利の後ろへとつきたてた。
「やァァ―――――ッッ!!」
指を飲み込む音が聞こえ、甲高い悲鳴を上げて喉を仰け反らせる。 利の後ろは、三本の指を飲み込まされ、痛みに引きつっていた。
「いー声、出すじゃん……」
ゾクゾクと背中を駆け上がる快感。 己すらも、肩を震わせそうになる。 この声は、魔力だ。
利は大きく体を捩り、なんとか逃れようとするも、首に重々しく巻きつかれた、首輪によって それは虚しい行為になるだけだった。
「ゥッ、……ああ……」
時折中で動く指に、利は過剰に反応した。 別の生き物が、自分の中で這いまわるようで、その感触に吐き気を覚える。 助けて欲しくて、力無く両の手でシーツを掴む。
「俺の指、ちぎる気?」
クスリと喉奥で笑いを漏らす紺の声に、利は涙の浮かぶ瞳のまま、強く睨みつけた。 紺はその眸にまた笑みを漏らす。
「あんだよ、…俺の顔、見てたいのか……、今犯されてる相手を…」
「………紺、の、顔なんて……ッみたくな……アアぁッ!!」
わざと利の羞恥心を煽る言葉を選ぶ。 そして、言い返す利の眸に、己の快楽を見出しながら。 グチュグチュと卑猥な音を立てて利の中をかき回せば、悲鳴に近い声を上げる。
「やッ、……や、ッアアッ、……ンッ!!」
それは、愛撫とは呼べぬほど、荒々しいもの。 それでも、時折、知らぬ顔をして利の急所を狙う。
「そんなに俺の顔が見たくないんだったら、そうだな……」
「……あッ!」
手を止め、唐突に指を引き抜き、紺はベッドから立ち上がった。 荒々しく、肩で息をしながら、利はベッドへと沈み込む。 一度その様子を振り返り、紺は目を細めた。
「首輪が似合うんだから……目隠しでもしてみるか……」
「………」
何を言っているのか。 この暗闇の中、目隠しなんか関係ないのに… それでも、やけに恐怖を感じる。 何が怖いのか分からない。それでも、視界を完全になくされて、 好きにされるというのは身の毛がよだつほどの恐怖を感じた。
「いや、だ……」
「あ? いやだ?」
紺は、何処からか黒い布を出すと、それを手に利ににじりよった。
「逆らうか? ……お前が顔見たくねぇっつったんだろ?」
月の逆光で浮かび上がる紺のシルエットから、逃げるように利は腰を下げた。 だがやはり、それも首輪によって無駄な行動と終る。
「ああ、そうだ。普段嫌がって暴れるから、目隠しして、電気つけて犯ってやるか」
「いやだ……! くッ!」
抵抗する時間は短かった。 紺は、利の首を掴むと素早く空いた片手でそれを利の目許へと巻きつけた。 両手が空いている利はその目隠しを取ろうと手を伸ばすが、 電気をつけるために、ベッドを乗越えた紺の足に踏まれ、大人しくなる。
「……ああ、いい眺めだ」
明るくなった室内は、目隠しをされていても、僅かに感じ取ることが出来る。 革で出来ているそれは、光を通すことはなかったが、利は自分が晒している格好を想像し、 羞恥に首元まで朱へと変える。 うっとりと呟いた紺の声に、更に羞恥を感じて、利は首を振る。
「はな、せッ!」
「うるせーよ」
一言で片付けられ、悔しげに唇を噛んだ利は、次の瞬間に悲鳴を上げた。
「ヤッ……!」
利の両足は、紺の肩へと担がれるようにされ、体ごと抱え込まれる形となった。 次に何が待ち受けているかが分かる。 暗闇の中で、相手の顔も見えないまま、ただ利は恐怖に震えた。
「………っ」
「ヤア、ァァァァ――――――ッッッ!!!!」
灯りの点った室内は、隅々まで視界に映し出す。 苦痛に歪んだ、紅い利の顔も、 互いの結合しているところも。
それが自分で分かっているのだろう、利はいつもに増して悲鳴を上げて、 体をよじらせ抵抗をした。 そんな利に愛しさを感じ、紺は更に奥を目指す。
何度となく犯しても、この体が汚れることは無い。 飽きるどころか、更に泣かせてみたくなる。
「は、ッ、あァ……ッ、やァ――ッッ、!!!」
「き、つ……。お前、全然緩くなんねぇのな」
腰を進めるたびに、目隠しの下から涙を流し、泣き叫ぶ。 相手を思いやることはしない。利が、自分から強請るようになるまで。
腰の動きを止め、暫く馴染むように、そのままでいた。 利は、既に抵抗する力すらも無くし、荒い呼吸を繰り返しながら、紺の下で動かなくなっていた。 呼吸の合間に聞こえる、小さな声を聞き逃さないように、紺は顔を近づけ何度か口付けた。
「ふ、ぅ……、ン」
口づけるたびに、中が動くのか、利が鼻を鳴らすように小さく声を漏らす。 傷つけられた中も熱く敏感になり、少しの快感を生み出す。
「……ンな声だして……良くなってきたんだろ……」
「は……ぁ」
ゆるりと、僅かに腰を進めれば悩ましげな声が漏れる。 目隠しをしていなかったら、どれだけ艶のある表情をしているだろうか。 紺はそう思うも、敢えてそれをはずすことはしなかった。
それは、暗闇だからこそ、開放されている利の快楽。
何も見えない恐怖が、逆に彼を追い詰め、感じるまま、快楽を受け止めているのかもしれない。
甘く響く声が、自分の声だと言うことすら、利には理解できていなかった。 羞恥と快楽で、壊された感覚は麻痺してしまっている。 与えられる刺激に、素直になれば、この暗闇から逃げ出せるのか。
もう逆らう力も残されていない。 素直に受け止める体は熱く火照り、快楽を生み出す。
「あッ、……あ、ッ、あッ、アぁ……ッ」
小刻みに、暗闇が揺れる。 卑猥な音が脳を劈く。
「もっと……素直になってみろよ……利……」
クスリを飲まされたような感覚に似ていた。 自分が、何処にいるのかさえ、わからなくなる。
闇に、飲まれる。
「やっ、ア、あアァ―――――ッッッ……!!」
ビクビクと背が反りあがる。 動きが制限される、首輪の鎖がジャラリと音を立てた。 浮き上がったその背の後ろへ腕を差し入れ、紺は更に利の最奥へと突き入れる。
「ッ……」
限界へ達したことにより、利の内部が締め付けられ、 同時に、紺も限界を迎えた。
パタパタ、と音を立てて、腹へと落ちる液体。 その感触と、自分の中を駆け上がる熱さに、利は背を震わせた。
熱い暗闇が、一度真っ白になった。 自分が自分でなくなったような、激しい快楽に飲み込まれた。 でもそれは、気分のいいものではなくて…
羞恥を感じながら、暗闇で溺れた利。 肩で息をする利の、頬へとかかった髪を退けてやる。 その顔が、あまりに淫らで美しく、紺は暫くその貌に視線を囚われていた。
この男を、もっと、もっと淫らに溺れさせてやりたい。 そして、自分から快楽を追うようにさせたい。
そのとき、最高に綺麗な顔を見せてくれるだろう。
夢か、現実か、わからぬ世界で。
(奈落 完)
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