「以前にも聞いたと思うんだけど、京くん、あんな男のどこがイイわけ?」 事務所で向かい合って茶を啜る午後の一時。 圭は突然やんわりと京に尋ねた。 「ぶほっ」 茶を吹いた京は、咄嗟に横を向いた反射神経の賜物で、茶の飛沫を圭にかけずに寸での所で避けた。 「げほげほげほっ」 「あんな自意識過剰でカッコつけ屋のどこがいいのよ。そりゃ確かにルックスは中の上ぐらいだし、まあまあ服装のセンスもいいけど、あいつの中身は生ゴミ以下よ?」 それを言うのが圭だからいいものの、他人がそれを言って、あまつさえ本人に聞かれでもしたら、今頃生きてはいないだろう。 そんな衝撃的な言葉の列に、京は目を白黒させて慄いた。 「なっ生ゴミって・・・圭ちゃん、それ、ヤバイっす。聞かれたら殺される・・・」 おろおろする京を尻目に圭は頬杖をついて京を見つめる。 「大体、京くん、あいつに好きって言葉で伝えられた事ある?でなきゃあいつ、京くんの心と体を弄んでるだけなんじゃない?あやかの件もあるし、あいつと肉体関係結んだって、何の意味もないのよ。あやかなんかそれにしがみついたばかりに酷い目にあったんだから・・・」 「あああ~!圭ちゃんっなんて事を言うんだよ~~っ」 頭を抱えて京はソファに雪崩れ込んだ。 聡明な圭の口から聞くには、忍びない言葉だ。 圭はため息をつくと、本格的に京を見つめた。 「ちゃんと答えて、京くん。貴方が四狼の一時的な玩具にされるのは、私がイヤなのよ。君の事、気に入ってるんだからね!君の保護者は四狼だけじゃないからね!」 そう詰め寄られて、京は紅くなりながらも起き上がった。 「べ、別に・・・そんな変な関係じゃないと思う・・・。圭ちゃんが考えてるようなもんじゃないよ。そりゃ確かに風当たり強いけど、俺がまだ未熟でミスとかするからだし・・・別に・・・」 段々と声が小さくなってしまう。 よくよく考えればロクな目にあっていない。 「毎晩セックス強要されてんじゃないでしょうね!あいつの事だから、屁理屈こねまわして縛りつけようとするから!イヤだったらイヤってちゃんと意思表示してる?言ってもダメな時は私に言いなさいよね!?」 「ひえっ圭ちゃんってば・・・っ」 「君って流され易いタイプじゃない?!なんか拒絶出来ないタイプでしょう!いーい?無理矢理強要されるセックスは、レイプなのよ?犯罪なのよ?第一、君は未成年者なのに!!」 なぜか息巻いている圭の剣幕に、京は口も挟めないでいた。 「セックスってね、好きな人とやるものなのよ!?遊びでなんかしちゃいけないの!京くん、ちゃんと手順踏んでるの?!」 「はい~~?手順って、何の手順・・・」 「バカ!恋のプロセスよ!まず、好きって気持ちを確認して、ちゃんと言葉で伝えてから、そしたら肉体関係結ぶんでしょう?・・・まさか、京くん、いきなり押し倒されたんじゃ・・・・?」 圭としては、姉のような心境で心配しているようなのだが、どうも方向性がズレている。 しかし圭も京も実は気付いていない。 「け、け、圭ちゃん~!」 「好きって言われたの?!」 半ば脅迫じみた問い方だ。 京は竦みあがって圭から身を離した。 「好きって・・・好きってさ・・・、その、言葉はないけど、必要なかったって言うか・・・その・・・」 「言われてないんでしょ?!大体、あの男にそんなものを求めるのが大バカなのよね!!」 「あの!圭ちゃん落ち着いて!あっ拳握ってる!あっっ目が、目が据わってるってば!!」 鼻息も荒く、圭は冷めた茶を飲み干した。 「あんな男に女の気持ちなんかわからないわよ!いいえ、人の気持ちなんかわかりゃしないのよ!!」 拳を握り締めて豪語する圭の姿に圧倒され、京は萎んでいく。 「どうなのよ!どうなってんの?!あなたたちは!!」 胸倉を捕まれ、殴られる勢いで迫られ、京は悲鳴をあげかけた。 「ご、ごめんなさい~ッ!」 「何で謝ってんのよ!ほらほら、はっきり白状しなさいっ」 既に尋問モードに突入している圭の目は爛々と輝き、京は観念して白状した。
「女の子の気持ちは良くわからないけど、ちゃ、ちゃんと、言葉じゃなくてもプロセス踏んでると思うよ?嫌いなヤツと遊びでヤルほど、四狼は気前のいいヤツじゃないじゃん!嫌いなヤツは絶対近づけさせないじゃん!!」 首がじわじわと締め付けられる息苦しさに、京は慌ててソファの背を叩く。 すると圭は気付いて手を緩めた。 「まあ、確かに。あいつは嫌がらせにしたって、嫌いなヤツには無駄な労力は使わないわよね。とことん無視するし・・・。」 「言葉は必要ないってつーか・・・、その、態度でわかるっつーか・・・」 心なしか頬を染めて、京は俯いた。 「・・・・なんかイヤ。京くんあいつに染められてる。」 「そだね・・・」 ふたりして肩を落として項垂れていると、噂の元凶が扉を開いて、小憎らしいほど格好いい仕草で帰って来た。 「昼間っから何を顔をつき合わせてんだ?誰か死んだのか?」 いけしゃあしゃあと二人を見据え、高津はいつもの自分の椅子に腰掛けた。 それを横目で睨んだ圭は、低く呟いた。 「京くん、ほんっっっっっっとに、趣味悪ッ」 壮絶に呟く圭を力無く見つめて、京は項垂れた。
だって言葉は本当に必要なかったんだ。 触れられた時の体温とか、その触感とか、言葉では言い表せない感情の波が抱き合ってしまえば直接伝わってくるから。 言葉なんか二人の間には無粋なものでしかなくて、必要なのはお互いだけだったから。 だから、圭ちゃんが言うのは最もだと思うけど、オレから言わせればそんな回りくどいプロセスは必要じゃなかった。 オレは幼い時にほんの少しだけ父親の陰から覗き見たその年若い男に、一目で惹かれていたのだから。
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