南天 ─ 私の愛は増すばかり。


 一面の雪。
 真っ白で、とても綺麗。

「……はぁぁ……」
 でも、癖になりつつある僕の溜息はとっても重い。

 今、この家の居間には誰も居ない。
 お兄ちゃんとお祖母ちゃんは夕飯の買い物。
 お祖父ちゃんとお父さんは猟に出ている。
 僕は、夕方までお留守番。
 寒いのと手持ち無沙汰なのとで、僕はコタツで置物状態。

 僕は、約半年ぶりにお母さんの実家に来ていた。
 お母さんのお墓参りに。
 正月と盆にここへ来るのは、僕の家の恒例行事だ。
 いつもしんみり穏やかな旅行だけど、今の僕はとりわけ元気がないのが自分でも分かる。

 理由は一つ。

 『先生』に会えないから。

 笠寺司(かさでら つかさ)。
 僕の通う高校の先生で、僕の……ダイスキな人。

 終業式が、最後。
 冬休みに入ってから、一度も会っていない。
 部活……園芸部の温室に何度か学校に足を運んで、その度に職員室や、先生が顧問をしている生徒会室を覗くけど、いつもすれ違いで顔をあわせることがない。
 けど、理由もなく……会いたいという理由だけで呼び出すには気が引けて。
 いつも、携帯電話のメールだけ。
 この秋に想いを伝え合ったけど、デートなんてしたことがない。できない。
 僕も先生も家族と住んでるから、電話とかも滅多にしない。
 だって、いくら仲良しでも、一生徒が特定の先生とそこまで親密にするなんて変だもん。

 ……本当はしたいけど。

 手を繋いで道を歩きたいし、休みのたびに会いたいし、キスだって……したい。

「……はぁ……」
 自分の欲深さと、侭ならない現実に溜息が出ちゃう。
 僕は携帯電話を弄って、旅行前に先生から貰った最後のメールを見た。

 ──気をつけて。 寒いだろうから、風邪引かないように注意しろよ。

 味も素っ気もない文章。
 僕のメールもそうだけど……ちょっと寂しい。

 ──1月3日から3日間、お墓参りに行ってきます。

 ほら、寂しい。
 もうちょっと、気の利いた文章が送れればいいのに。

「……!?」

 突然、着信。
 名前は……『司さん』。
 僕は、震える手で通話ボタンを押した。

「……もしもし?」
『……彩(あや)?……俺だ』
 声に思わず頷きかけて……これが電話だった事に気付いて慌てて声を出す。
「は、はい。
 ……先生、どうしたの……?」
 震える声を必死に落ち着けて問いかけると、先生の吐息が耳に入った。
『今日、生徒会の新年会で……次のメンバーの話になってな』
「う、うん」
『領真(りょうま)と真弥(まや)の名前と……お前の名前が挙がって』
 納得のいく同級生の名前が挙がって相槌を打っていたら、不意打ちにびっくりした。
「うん……? 僕!? そんなっ、無理だよっ」
『大丈夫。 そんな大変な仕事でもないぞ』
 無責任に笑う先生に、ちょっと腹が立つ。
「無理っ!絶対無理!!」
 早口に、強い口調で、僕は断言してしまった。
 途端、電話の向こうで、先生が沈黙する。
 つ、強く言い過ぎたかな……折角先生が話題に挙げてくれたのに……。

『……俺に会う口実が出来ても?』

「………………っ!!」

 言われてみれば、そうだ。
 ……そんなこと言われたら、心惹かれるじゃないか。

「…………イジワル」

 呟いたら、先生は向こうで大爆笑した。
『あはは。 ……うん。で、話に挙がったせいで、声が聞きたくなったんだが……元気そうだな』
 明るかった声の調子が急に優しくなって、ドキドキする。
「先生も、元気そうで、よかった……」
 です、と続けようとして、止めた。
 ここには僕しかいないから、敬語使う必要ないよね?
『……彩』
 先生もそれに気付いたみたいで、低い……二人っきりの時の甘い声で僕の名前を呼んだ。
 くすぐったくて、思わず首をすくめちゃう。
『彩』
 もう一度呼ばれた。
 その名前の意味が分かるから、余計にくすぐったくて……胸が痛くなる。
 先生は、今、どんな顔でこの名前を呼んでるんだろう?
 見たい……今すぐ飛んでいって、見られればいいのに。

「……司、さん」

 会いたい。

『もう一回、彩』

 会いたい。

「司さん……ダイスキ」

 会いたいよ、司さん。

『俺もだ。 好きだよ、彩』

 それっきり、僕達は沈黙してしまった。
 話したい事はあるのに、何もない。
 暫く、お互いの呼吸だけを耳にする。

『……あんまり長話しても何だし。
 ……切る、な』

 別れの、切り出し。
 これが最後じゃないのは分かってるけど、ぎゅっと胸が痛くなって、僕は叫んだ。

「まって!」

 言ってから、戸惑った。
 引き止めたからには、何か話題がなくちゃいけない。
 でも、何も頭に浮かんでこなくて……早く何か言わなきゃ、この電話は切られちゃうのに……っ。

 縋るように向けた視線の先。
 ふと、赤い物が視界の端に映った。
 雪に埋もれた、赤い実……南天。

『彩?』
 訝しげな先生の声に、僕は慌てて声を出した。
「せ、先生、あのね」
『うん?』

「南天って、どういう花言葉があるの?」

 沈黙。
 先生の息遣いが、ちょっと変わる。
 分からない……というより、答えるのを戸惑ってるみたいな。
 僕の胸がドキドキして、痛くなる。
 聞いちゃ拙かったかな……?
「せんせ……」
 やっぱり、いいや……と続けようとしたその時、その言葉が聞こえた。

『俺の愛は増すばかり』

「……え?」
『だから……<私の愛は増すばかり>、だ』
「……先生、さっきと言ってる事違った、よね?」
 問いかけに、照れた沈黙。
『二度も言えるか』
 拗ねたような言い方に、思わず吹き出しちゃった。
 先生、ダイスキ。

 ダイスキ。 だいすき。 大好き……っ。

『明日帰ってくるんだったな?』
「うん」
『じゃぁ、明後日、店に行く』
 店……僕の家は花屋。
 つまり、僕に会いに来てくれるって事だよね?
『手伝ってるよな?』
「うん、待ってるっ」
 元気良く返事を返すと、先生は吐息で笑った。
 優しい笑顔が頭に過ぎる。
 それだけで、凄く幸せになる。

「……赤い実、沢山ついた南天を選ぶからね」

 だから、僕の想いも受け取って。

『楽しみにしてる』

 先生は、とても優しくて、とても嬉しそうな声で返してくれた。




    end.



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