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 (年の差/裏社会/保護者攻/ワガママ尽くし受/--)
来年の話をすると鬼が笑う。


 恋人に婚約指輪をプレゼントして、一週間後に「ビルになった」と報告されたヤツを紹介して欲しい。
 そして、ソイツは俺にアドバイスをしろ。ビルの権利書を笑顔で突き出された時、おめぇはどんな態度を取った?
 ああ、尋問でも拷問でもねぇから怯えるな。答えたからって犯罪に加担するわけでもねぇ。単なる恋愛相談だ。
 俺ぁ今、恋人と思しきヤツに指輪代わりの時計をプレゼントして、ビルの権利書を突きつけられている。
 まったくもって悪意のない、満面の笑みと浮かれた声音で報告された。
 頼むから教えてくれ。俺ぁ、どんな態度を取ればいい?


 広域指定暴力団・東郷会の頂点に君臨する真人が、他人の意見を鵜呑みにすることは少ない。しかし、もしも同じ立場に立たされた人間がいるのならば、ソイツの意見をそっくりそのまま聞き入れてやってもいい。そのくらい対処に困った。
「真人さん、こないだ貰った時計、立派に育ったよ」
 フェイは真人が帰宅するなり、「ただいま」と「おかえり」の挨拶もそっちのけで上機嫌で報告してきた。
「育ったって、どういうことだ?」
「時計を担保にして株を買って、運用したら新宿のビルになった」
 真人は眉を顰めて首を傾げた。フェイが金策に関して神がかり的な手腕を持っているのは日頃から存分に知らされているが、それと時計の繋がりが見えない。担保と運用、よくよく考えてみれば時計の行く先は知れたものだが、その時は唐突すぎて怒りどころか思い至ることすらできなかった。
 フェイは真人の戸惑いを疑いと勘違いしたようだ。真人の前に一枚の書類を突き出してきた。
「築20年。ちょっとボロいけど、元本が百万ってことを考慮すれば、まずまずの結果だよね」
 元本とはなんだ。元手のことだ。今の場合、時計だ。
 真人が婚約指輪の意味を込めて、「これからもずっと同じ時を刻めるようにって願掛けだ」ときっちり言葉も添えて贈った腕時計。
 ここで真人はようやく時計が売り払われたことを理解した。
 物悲しさと共に、袖にされたことに対する文句が喉元まで上がってくる。
(おめぇは貢物を質屋に売り飛ばすキャバ嬢か)
 だが、言葉にして発するのは些か躊躇われた。
 両手の指でビルの権利書を摘み、真人に書面を見せびらかしているフェイは、これでもかというくらいに嬉しそうだ。日頃から悪徳ペテン師の名を欲しいままにしているフェイだが、この満面の笑みに裏はない。フェイは真人のことを恋人というよりも家族のように認識している。よっぽどな理由がなければ、真人に害を及ぼす真似はしない。よっぽどな理由、それこそ生死に関わる事情があっても真人に尽くした過去がある。
 そんなフェイが軽々しく贈り物を売り飛ばし、ましてや嬉々として報告してきたりするものだろうか?
「あ、言っとくけど、あくまで担保だからね。売ってないよ。金庫に入ってる」
 怪訝な顔で黙り込んでいたら、フェイは今、気がついたというように時計の行方を知らせてきた。一応、売られてはいないらしい。
 だが真人は当然、納得がいかない。常識的に考えてもおかしい。腕時計は腕に巻いて時間を確認する物だ。担保にして金を借りるための物じゃない。フェイに常識が通じないのも幼少期からの長い付き合いでわかりきったことではあるが、さすがにこの常識は通じるだろう。
(もしかして、趣味に合わなかったのか?)
 それにしては受け取った時、嬉しそうにしていた。今のようにあからさまにはしゃぐのではなく、「ありがとう」と言ったっきり黙りこんで、箱に入ったままの時計をじっくりと眺めていた。これはフェイが一番、喜んだ時に示す反応だ。
 フェイは幸せを感じることに慣れていない。幸せは自分に与えられないものだと無意識のうちに思い込んでいる。だから黙り込んで、噛み締めるように味わう。貴重なお菓子を貰った子供のように。真人が何気なく発する労いの言葉でさえも。
「まだまだ運用するつもりだけど、しばらくは名義貸し運用だよね」
 やるせない気持ちになった真人の前から、権利書が退いた。
「次はどうしようかなぁ。いっそのこと解体して駐車場にしちゃうのもアリだよね。あの辺って駐禁、厳しいし」 
 フェイはボスリとソファーに尻を落として、権利書を蛍光灯の光に透かし、幸せそうに目を細めている。
(喜んでるみてぇだし、いいか)
 権利書を丁寧に茶封筒へ仕舞い直している姿を見ているうちに、文句を言う気が完全に失せてしまった。考えようによっては腕に巻くよりも大切に扱われている。大切だからこそ金庫に入れて保管しておきたくなり、付加価値を高めたくなっているのだ。「指輪の代わり」という意図が伝わっているかどうかはさておき、そう考えれば悪い気分ではない。
 しかし、そうなると指輪的な物は何になるのか。
「潔く、こっちを渡しとくか」
 ネクタイを緩めながら寝室に入った真人は、しばし考えて重要書類の詰まった引き出しを開けた。


 来年の話をすると鬼が笑う、とはよく言ったもので。
 真人はもう一度、袖にされて、年が明けてから笑うことになった。
 記入済みの婚姻届を笑顔で細切れにされたのは数分後の話。
 セロハンテープで補修されたそれを金庫の中から見つけ出したのは来年の話。


 了.

「ご読了ありがとうございます。この2人はサイト内にも出没してます。よろしければ覗いてやって下さい。」
...2011/12/30(金) [No.564]
藤ノ宮 空雅
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