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 (ぼんやりモテ男×平凡 学生 すれ違い/15禁)
『ダッシュ』



目の前で、すぐ目の前で、
カルロがエリックに引っ付いている。
エリックは黙って引っ付かれている。

俺がやったら怒るんだよね。


見るものを焼く勢いで、
二人を睨んでいたら、

「リオネ不機嫌」

横でチェコがぼそりと呟いた。


エリックはチェコの言葉を気にせず、
リオネをないもののような態度で、ページを捲った。
せめてこっち向けよ。

座ったエリックに、カルロが被さって、
エリックとカルロは雑誌を見ていた。

「なんで?」

チェコはリオネを横目で覗きながら、
白々しい質問を投げて来た。

「わかるだろ」

エリックにカルロが引っ付いているから。
エリックがそれを許しているから。
俺がやったら怒るくせに、カルロには怒らないから。

「んん・・」

チェコはリオネの顔を見て、下を向いて、
エリックにチラッと目をやった。

「わかんない」

意図して、わかろうとしない。
というチェコの意思を感じて顔を顰める。
チェコはリオネに懐いていた。
人間を愛しているわけではなく、
ただその注意を向けておきたいために、
人間に構う猫のよう。
チェコは気まぐれに人に懐く。
これまでリオネは、チェコが懐くのは女だけと思っていた。
懐かれた女は、大体、
チェコの持つ奇妙な色気にやられて、
のぼせ、チェコに構い倒し、
チェコに飽きられて捨てられる。
リオネ・・・男友達に懐く、というパターンは初めてだ。


エリックの雑誌を捲る手が止まって、
その細く滑らかな指が移動する。
ゆるく丸く、握られて、頬杖。

「リオネ、居心地悪いからあっち行って」
「え・・・」

「変な目で見ないで」

「・・・見てない」
「見てなくても、俺には、ちょっと不快な視線だったの」
「な・・・!」

かっとして、言葉を失う。

愛しくてたまらない存在から、無碍にされる苦しみを、
こいつは味わったことがあるのか。

悔し涙、堪えて顔を隠すように、
ぎゅっ、とエリックに抱きついてみた。
ビクッとエリックの身が震え、
脇腹に肘鉄の痛みが食い込む。

「ちょ?!リオネ乱心!俺挟んでる俺挟んでる」

カルロごと抱きしめたので、感触はまばら。
カルロが暴れて逃れた。

と、同時に頬に拳骨が来た。
エリックに殴られた。
跳ね飛ばされ、教室内の全てと視線が合う。
チェコが庇うよう、抱きとめてくれて、どうにか転ばず。

パシンと音がして顔を上げる。

チェコがエリックをぶっていた。


「え?!」
「わっ」

俺、カルロが短い悲鳴を上げた。
チェコとエリックはあまり仲良くない。
そんな二人がぶつかるのは宜しくない。

「抱きついたくらいで殴ることないじゃん」

チェコの主張に、

「俺の勝手」

エリックの答え。


「おまえちょっと自意識過剰」
「君みたいな鈍感にはそう映るかもね」
「リオネが本気でおまえのこと好きとか思ってんのかよ、
 遊び、冗談、なんでわかんねーかな」
「そう思いたい気持ちはわかるけど、
 こっちは一歩間違えば・・・、
 ・・・リオネに抱きつかれるのは怖いんだよ」
「わけわかんねぇ、リオネが何したんだよ」
「欲情してるから、俺に」
「は・・・!・・・だから、それが、自意識過剰だって、
 おまえ見てると苛々すんだよ!!!!」

「じゃぁ見なければいい、・・・俺に、関わらなければいい」

「そんなのわかってる、それが、できたらいいけど」
勝者はエリック。チェコはリオネを見た。
助けて欲しそうだが、どうしたものか。
「二人とも仲良くしろよ」
咄嗟、出た言葉にチェコは顔を顰めた。
「まぁ、ダダも最初はこうだったよな」
カルロが場を和ませようと、軽い声を出した。
カルロの明るい表情に、
教室が視線の包囲を解いてくれた。
四限の自習時間は、まだ始まったばかりだった。
皆、この一時間半、何をしようか考えるのに忙しい。


「あ、リオネこれ」

エリックが唐突に、折畳んだ紙を取り出した。
受け取って開くと、お菓子のレシピ。
エリックの趣味は料理で、前にエリックの作った菓子を、
家に持ち帰ったら母親が気に入り、
レシピをもらって来て、と頼まれた。

「ありがと!」

「うん、・・・さっきは流れで嫌な言い方してごめん」
「いいよ・・・本当のことなんだろうし」
「まぁね、あ、気を悪くしないでね、
 早く他に好きな相手探して」
「・・・あの、口癖みたいにフるのやめてくれる?
 なんか麻痺しそうだから」
「・・・」
「俺、うざい?」
「別に」
「・・・ホント?!」
「友達じゃん」
「・・・」

熱く、太い縄が目の前にドン、と落ちて来たような。
エリックの澄んだ青の目がじっと見てきていた。
呆然とその目を見返している隙に、手から何かをもぎ取られる。
気が付けば、レシピの紙を、チェコに奪われていた。

「・・・え?」

「これ、捨てるから」

そう言って、チェコは足早に教室の出口に向かった。

「え・・・!ちょ・・・!」

追いかける。前を行くチェコが走り出して、舌打つ。
ああもう、手の掛かる奴。
「チェコ・・・!」
名を呼ぶと、振り返ったチェコの顔は曇っていた。
「返せよ!!」
ぐん、とチェコの速度が増し、焦る。
階段を降りようと、曲がったチェコを追った先、
ジェキンス寮生であるチェコの身体技に、あっと息を飲まされた。
階段の手すりを飛び越えて、一段下の階段の手すりに、
さらにその下の手すりに。

チェコは一階まで、階段をショートカットしてしまった。
対するリオネはまだ三階。

見失う。


エリックがくれた、エリックの書いた字が書いてある、
エリックがリオネのために作成したものが、捨てられてしまう。

チェコの真似をして、手すりを飛び越える。
ヒヤリと嫌な予感がして、腕に力を込め、手すりにぶら下がる。
下の手すりまで、二m程。

綺麗な着地・・・できる気がしない。

踏み外したら・・・どうなる。
手すりは幅細く、滑る。目が回る。
階段の、規則正しい景色がリオネの心臓をどくどくと鳴らした。

「何してんだ馬鹿」

下から、チェコの怒鳴るのが聞こえた。

「手、離すな、今そっち行くから」


もし今、怪我をしてもチェコが居るなら、
救急処置なりしてくれるし、人も呼んでもらえる。

安心して、急に、手すりが近く見えた。


思い切って、手すりに降り、バランスを取る。
チェコは階段を使って登って来ているらしい、
カンカンと音がする。

登って来たチェコが、あっ、と声を上げ、
逃げ出した。

リオネは手すりに腰を掛けて、悠々とチェコを待っていた。

人間に騙されて、驚いた猫の後姿。
可笑しくなり、笑いを抑えながら、追いかけた。
この時間は移動教室が多く、空の教室が目立つ。
通り過ぎた授業中の教室の中に、ダダの姿があった。
目が会って、手をふると怪訝な顔をされた。

廊下を歩いていた教師の叱りを受けながら、
高庭に出た。

あまり来たことのない、いつもは女子生徒で溢れている高庭。
二階の右端から行ける、
噴水が綺麗な、洒落た空間。
二階より長い一階の屋上を利用している。
緑に囲まれて、花々が一年中咲いている。
風が吹いて、花の香りを運んだ。
空をバラバラとヘリが飛んでいて、
授業をしている教室もある学校の、
緊張感に襲われる。

背徳感と、高揚。


リオネはチェコを追い詰めた。
チェコは紙をしまった手を、後ろに隠して後退し、
大きな体を前のめりに、左右を見た。
そして、紙をポケットに仕舞うと、今度は前進。
前進されると、急に不安になり、
リオネは逆に後退。

「リオネ」
「返せよ」
「なんで逃げるんだ」
「返せ」
「止まれ」

「返す?」

「返す」

チェコがまた一歩、こちらに来る。
この焦燥感は何だ。

「チェコ・・・」

目の前に来たところで、たまらずに名を呼んだ。
瞬間に抱きつかれ、驚いて言葉を失った。
何だ何だ、何が起こってるんだ。

「俺だって抱きつきたい」

耳もとで、チェコの高いとも低いとも取れぬ、
わがままな響きを持つ声がして、腰が痺れる。
冬の朝のような、例の、冷たい香りがする。
チェコにこの香水を送った女は、今どこで何をしているのだろう。
猫の気まぐれに付き合って、捨てられた女は。

「キスするけどいい?」

鼻先一㎝、猫科の男は許可を求めた。

「駄目」

駄目に決まってる。

「なんで」
「駄目だから」
「きもい?」
「きも・・・くはないけど・・・変、
 っていうか、ん、きもいか?」
「きもいのかよ」
「難しいな」
「どっち?」

少し顔を離して、間近で見つめられる。
チェコは無表情に、黒い目で、リオネを観察して来ている。
リオネの次の動きを待っている。
猫のよう。獲物をじっと、夢中で、眺めている。

「きもいっていうか、駄目?」
「・・・俺は駄目なの?」
「は?」

俺は、の「は」とは。
他は良いのに俺は駄目、という意味だ。

そうか、そういうことか。

チェコはリオネの男色に触発されている。
ふらふらと、何を考えているのかわからない男チェコ、
実は、何も考えていない可能性がある。
これまで、うすうす、チェコは単純なのかもしれない、
と感じていた。その確信を得た。
チェコは男色というものを、リオネを通して知った。
リオネがエリックに恋をする様や、ブルーノを買う様を見て、
どういうものだろう、と興味を抱いたのだ。

つん、と唇に唇が当てられた。そのまま唇を舐められる。

「・・・」


どう反応しようか、と迷っていたら目の前に、
悪戯っぽい猫の微笑。

「駄目なのにしちゃったけど、怒る?」

呆れて、全身から力が抜けた。この男・・・。
無邪気だが面倒だ。ああ。

ふいに、いつかの教室の朝、面倒を掛けるかも、
と呟かれたのを思い出す。

「お」

喋ろうとして開いた口の中に、舌が差し込まれた。
がっつりだな・・・。
背に回された手が、ぎゅっと身を締め付けてきた。

深いキスを終えて、チェコは少し満足気にリオネを解放した。


「なんかスッキリした」
「あっそう」
「あっそうって」

「さっき言いかけたことだけど・・・」

「ああ、何?」

怒らない?って質問に答えてやろうというんだぞ。
何、じゃないだろ・・・。

「怒らないからお金貯めろ、
 ブルーノさん紹介してやるから」
「・・・」

す、チェコが寂しそうな顔をして、
まずいことをした気分になる。

初心者にいきなり男娼はまずかったか。

「いや、冗談」
「うん」

チェコは、リオネにその道を求めている。
リオネが引き摺りこんだようなものだから、
当り前かもしれないが。
このままではチェコと恋人同士のような、
関係になってしまうんじゃないか。
チェコに限って、そんなことはない気がする。
でも。

もしそんなことになったらエリックが喜ぶ。
リオネがエリックを諦めたと。
そんな場面嫌だ。泣いてしまう。


「俺・・・抱くのしかできないよ?」
「だ・・・、そんなことまで考えてねーから」


やってしまえば気が済むだろうかと、
提案したら一蹴された。
良かった、友人と肉体関係を結ばずに済みそうだ。
そうだろう、少し興味がある程度では、
キスで満足だろう。
これでチェコの気まぐれも近々終わり、
またエリックに甚振られる日々に戻る。

憂鬱だ。


リオネに懐いてくるチェコは、愛しかった。
チェコの存在は、リオネを慰めていたのだ。
気が付かなかった。チェコは、リオネを癒していた。


「おまえのこと好きだな」

チェコが呟くので、

「うん・・・俺も」

答える。

「あ、変な意味じゃなくて」

慌てて付け足す。


「うん」


チェコの、表情から気持ちが窺えない。
何を考えている?



結局授業の終わりまで、高庭ですごし、
教室に戻ると、エリックとカルロに、ダダが加わっていた。
そして、リオネとチェコの追いかけっこについて、
二人から事情を聞き、にやにやしていた。

「リオネはもうチェコとくっつけよ」

何を言い出すんだ。エリックの前で。

「チェコ嫌いのダダが言うぐらいだから、
 相当お似合いってことなんだよ?」

エリックもにやにやしている。泣くぞ。
カルロはチェコとリオネを交互に見て、にまっと笑った。

「そういや前にさー、
 自習あった時さー、
 いつだったか忘れたけど、
 リオネ、
 チェコのこと何で好きなのって聞いたら、
 かっこいいからって答えたよな」
「・・・っ」

今、ばらすなよ。今。

「そーそー!チェコのことかっこいいって、
 やたら言ってた!」
「言ってたけど他意はねーし、
 何だよくっつけばって、
 俺が男で好きなのはエリックのみだし」

ばん、とエリックが机を叩く。

「白けた、話題変えよ」
「っ・・・」

「チェコも照れちゃって顔赤いし」

振り返ると、本当に顔の赤いチェコが居た。
ぎょっとして、カルロの肩に捕まった。

「かっこいいとか、言われ慣れてないから」

チェコが言い訳し、ダダがけっと鼻を鳴らした。

「はい嘘ー、はい照れー、はいラブラブー」

エリックが面倒臭そうに仕切る。
カルロがわー、と叩かない拍手をして盛り上げた。

「歴代彼女は言ってくれなかったの?」

すっかり吸い辛くなった空気に参りながら、
リオネは質問した。
チェコは、もてていたし、
かっこいい、という言葉が似合う。
雰囲気がかっこいいのだ。
友達の欲目を捨てても、
街中で、ああ、かっこいい人だ、と思えるぐらいには。

「かっこいいとか、言われたことない・・・」
「・・・へー」
「猫っぽいって言われる」
「ぶっ」
思わず噴出して、鼻が出た。

確かに猫っぽい、とエリックが言う。


猫っぽいチェコの、
猫っぽい仕草。
手に、すりっとチェコの手が寄って来た。
心臓が跳ねて、思わず避ける。
避けたのに寄って来る。どくどくと脈が。
少し意識してしまっている。当たり前だ。
高庭でいちゃついた後だ。

手の中に、紙が入れられた。



あ。

返してもらうことを、忘れていた。
忘れさせてもらえていた。エリックのことを。

気が付いて、チェコを、とても愛しく思った。

0:50 2011/12/08
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...2011/12/8(木) [No.562]
むー
No. Pass
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