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 (殺人犯、刑事、純愛?、変人受け、熱血攻め/--)
世界の色


 瞼を開いた。窓の向こうに、青空が見えた。
 あぁ、今日は快晴だなと、ぼんやり思う。突き刺すような青色から眼を逸らし、私は足下を見下ろした。空の色とは真逆の、赤い血溜りが広がっていた。先程から、鉄の臭いが酷い。鼻が馬鹿になりそうだ。後で風呂に入って体を洗おうと、心に決めた。

「‥―― ‥ァ……、」

 血溜りの上で寝そべる人がいる。私の兄だ。息も絶え絶えに、腹の数カ所から血を吹き出していた。眼が虚ろだ。もう助からないだろう。血に濡れた包丁を右手に、私は兄を跨いだ。父親は一階廊下で、母親はキッチンで死んでいる。私が殺したからだ。兄の部屋を出て行く時、振り返った兄は呼吸を止めているように見えた。これで私以外の家族が、全て死んだことになる。

 廊下を歩くと、自分の足音が妙なことに気が付いた。足の裏が少し重い。ふと己の足を見てみれば、靴下が血を吸い込んでいた。後ろを振り返ると、フローリングに赤い足跡が付いている。奇妙な高揚感を感じた。言うならば、そう、砂浜に足跡を刻んでいるような、新雪に踏み込んでいるような童心だ。
 階段にも血の足跡を残しながら、浴室へと進む。刃こぼれをした包丁を棄て、服を脱いだ。洗面所の鏡には、黒髪の男が映し出される。23年見慣れてきた顔が、何か言いた気に私を見詰めていた。止めろ、見るな。お前は私だ。

 シャワーを浴びて血を洗い落とす。頭から爪の中まで、しっかりと磨き上げた。風呂場から出てバスタオルで体を拭き、全裸で脱衣所を出る。この家にはもう、死体しかないから全裸で闊歩しても平気なのだ。
 清々しい風が股間と胸中に吹き付ける。いや、やはり、陰部を隠すのは人間の理性だろうと思い直して私はバスタオルを下半身に巻いた。二階の自室に行き、服を選ぶ。こんな特別な日には一張羅でも着ようかと悩んだものの、結局は普段着を着回した。私にとって特別な日でも、世界が終わったり変わったりするわけではない。誰が死のうが、地が赤かろうが、空は青く晴れ渡り、家の外では変わらぬ日常が繰り返されている。

 一階に下りて、母親の死体を傍らに、冷蔵庫を漁った。朝飯の残りがあり、レンジで暖める。テレビを着けて、窓から差し込む陽射しを眺めながら、食事を終えた。

――さて、そろそろか。

 部屋の時計で時刻を確認すると同時に、インターフォンが鳴った。約束の時間ぴったりだ。ヤツの几帳面さに、私はひとり微笑む。玄関の鍵は開いている為、私はリビングのソファで茶を啜っていることにした。そうすると、ヤツはいつもの様に玄関の扉を開ける。

「――ぅ、‥…!!」

 小さな呻き声。父の死体を見て驚いたのだろう。しかし、悲鳴を上げなかったところは、さすが刑事といったところか。ヤツはすぐさま携帯電話で警察と救急車を呼んだ。その会話を聞きながら、私は再び部屋の時計を見る。今は近くの道路がどこも渋滞をする時間帯だ。なんせ交通量の多い地域である。警察が到着するのに5分以上、10分以内かと検討をつけた。
 ヤツは現場に上がり、私のいるリビングを覗き込んだ。

「英司…!」

「やあ、色」

 シキ、と名前を呼べば、刑事である男は一瞬安堵の表情を浮かべ、ついで強張った。家中に血臭が漂っているのである。その中で、優雅にテレビを見て寛いでいる私に不信を感じたのだろう。…限りなく確信に近い不信を。

「‥おばさんと、彰さんは」

 無駄口を叩かず、色は問うた。だから、私も簡潔に答えを返す。

「母さんはキッチン、兄さんは自室にいるよ」

 いるよ、と言うよりも有るよ、という表現の方がしっくりくるかもしれない。色はキッチンへと急行し、情けない呻き声を洩らした後に今度は二階へと駆け上がった。テレビではドラマの再放送が流れている。小さい頃に一度見たことのあるドラマだ。母親が好きで見ていたのを、私と兄が横で見ていた記憶がある。

「…ッぇえいぃじいぃぃぃぃぃ――………!!!!」

 怒声。

 家を引っくり返すかのごとき大声に、私は思わず飛び上がってリビングの扉を見た。開け放たれたそこから、父親の手と血と階段が見える。兄の死体を見て、色が怒っているのだろうなと予測した。混乱し、怒り、哀しみ、そしてまた怒っている。
 名を呼ばれたからには行かなければ更に怒られる、と私は渋々二階へ上がった。血の足跡を辿り、兄の部屋に入る。色は凶暴な獣の様に顔を歪ませていたものの、私の顔を見た途端に虚ろな表情へと変わった。「何故」と呟く相手を無視して、私は時間を確認する。まだ3分も経っていない。

「色」

 私が名前を呼ぶと、色は泣きそうな顔になった。めまぐるしく表情の変わる男だ。そこがまた、愛しい。

「愛してる」

 だから正直に思ったままを告げると、色は歯を食いしばり、私の腕を取って部屋を出た。玄関で靴を取り、勝手口へと回る。そのまま2人で、国外に逃げた。


           *        *         *


 グアテマラのキリグア村で、私達は落ち着いた。キリグアは良い村だ。虫は多く家電製品が盗まれるものの、自然があり、人々は誰も私達の過去を知らない。現地の人と積極的に交流をすれば、彼等は家を作るのも手伝ってくれた。
 壁のない、野性味溢れる風呂で私が寛いでいると、英語教室を終えた色が帰ってくる。彼は毎回、当たり前の様に同じ風呂へ入りたがった。そして私の体に刻まれた、ありとあらゆる傷を舐める。慈しむ様に、癒える様にと。二度と消えはしないだろうそれらに、愛を注ぐ。

 色より身長が高かろうと、ボクシングや武道で体を鍛えようと、私は家族の暴力に逆らえなかった。小さい頃から仲の良い色は、いつもそれを傍で見て来た。見てきた。だから彼は、私を救えなかったことに後悔をしている。
 それは違うのだと、何度も言った。お前が後悔をするのは間違えていると。だが、色は頑だ。私は長期戦を覚悟した。習慣と化していたあの暴行を色ひとりで止められたとは思えない。

 色は気付いているだろうが、何よりも悪いのは私自身なのだ。
 家族を殺さずとも、彼等の理不尽な暴力から逃げられる選択肢はたしかにあった。私はそれを敢えて無視して家族を殺し、色を巻き込み、このようなところまで流れて来た。彼が全てを棄てて、私を選んでくれることを知っていたのだ。

 愛してる。これが私達の愛の形で、結末なのだ。
 このままずっと、この鳥籠で、2人きりで。
「人を殺した者が幸せになれることはない、鳥籠はいずれ壊れる」
...2010/12/6(月) [No.543]
kane
No. Pass
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